2020年8月12日 (水)

潮騒に心洗われ

 昨日から、北海道に来ております。北海道も、天気予報は外れてどこも大変天気が良くて、今日は内陸の主要都市を中心に最高気温36度とかいう、北海道らしからぬ陽気。私が来ている日高地方も、最高気温28度という数字以上に降り注ぐ陽差しの肌触りは、少しヒリヒリとした刺激を感じるほどです。まあ、本州方面よりは遙かにマシなんでしょうが。

 

 今週は、まず日高にある門別競馬場の取材。メンバーを見て、重賞のある今日明日だけでなく、昨日も競馬場を訪れ、今週の3日間の開催日全て通うことにしました。昨日はレースのあと札幌の自室まで帰りましたが、今日は事情があって早くに競馬場近くまでやってきて、昼前の時間を海辺で過ごしました。海辺と言っても、よく見るビーチや海水浴場のような場所では勿論なくて、小さな町から馬や牛の牧場しかない細い道路に車を走らせて、本当に小さな漁港のそばの海辺へ。北海道の海岸沿いにポツポツとある、まあ言ってみれば本当にありふれた風景の場所。

 かつて門別競馬場で仕事をしていた時にも訪れたことがなかった富浜の浜辺は、2,3人の釣り人が竿を時折投げているだけ。濱に打ち寄せる波の音だけがあたりから耳へと届き、その音を聞きながらじっと太平洋の広々とした水平線を見たり、あまり人を恐れず近くでたたずむ鳥たちを構ったり、時々力を抜いてものを思ったりしながら、しばし時を過ごしました。

 

 海を見ると、かつてだったら静かな中にも心浮き立つものがありました。この海の向こうにはきっと見たこともない世界があり、会ったことのないひとびとや感じたことがない様々な物事への憧れを抱き、胸を膨らませていた風景。しかしいまは、同じように眼前に広がる水平線を眺めていると、この海が地球の上の人と人との間のいろんなことを「隔てる」ためにあるんじゃないかと、そんな風に感じさせられました。

 それが「新たな日常」ならば、別に悪いことでもないのかなと。「かつてこうだった」と思いさえしなければ、ほんとに何てことないんですよね(笑)。人も殆どいないところまで来て、今の状況の中では何か心がホッとする場所にたたずみ、ひたすら繰り返し聞こえる波の音の中に自分自身も揉まれるしばしの時間。ようやく少し、頭の中で凝り固まっている「何か」を解きほぐすことが出来たかな…。

 

 競馬場での取材が夜に終わって、今夜はそのまま反対の海に沿って車を走らせ、新冠まで。久しぶりに近隣では有名な温泉「レコードの湯」のあるホテルで泊まりました。今の自分には贅沢ですが、この際だからと気持ちのいい温泉の湯に浸かり、残り少ない夜の時間をのんびり過ごしました。

 明日は、競馬場に出かける前にまた少し、人の少ない方面に出かけてみます。

2020年8月 9日 (日)

伝える機会 伝わる手段

 昨日放送の、グリーンチャンネル「アタック!地方競馬」出演。
 ご覧下さった方々、出演の機会を下さった皆さま方、本当にありがとうございました。

 現状、あんまり生きていくための経済に直接は結びついていない競馬場での取材も、「いつかどこかで伝える機会があるはず」と思いながら続けております。ですので、こうして見聞きしてきたことをお客さま方に向かって話し伝える機会があるのは、本当にありがたいこと。いま、そうした機会すら殆ど作れなくなってきている中、どこまで続くかも怪しい状況になってきてはいますが…競馬や公営競技の仕事はせっかく力を尽くして時間も使って積み重ねてきたことなので、もう少し何とかなればと心から思っています。

 自分自身の体と、それを続けていこうという心の力と、そういうことを続けていきながら生きていくための経済面の状況と、あとは世の中の状況…色んな状況が許す限り、頑張って続けていくつもりです。また色んな方面のお力添えを、よろしくお願いします。とにかく今は、機会が頂けることが一番の励みになります。

 

 日曜日の朝は、出来るだけ散歩をする日と決めていて、今日も実践。というか、朝早くてお店がすいているうちに、近所のコメダ珈琲店で新聞読みながら朝食食べたい、というモチベーションが強いかな(笑)。今日はラッキーなことに、いつも読んでいる新聞2紙が棚に置かれたいたので、ありがたく席で読ませて頂きました。

 以前は、新聞は宅配で一般紙1紙とスポーツ紙2紙の計3紙も取っていて、自室でじっくり読んだり、持って出かけて移動の合間に読んだりしておりました。しかしそれも、経費節減でいまは「縁があったときだけ」新聞を読み、あとはテレビとかネット上に流れてくるニュースで済ませています。ですので、こうして久しぶりに新聞を読んでみると、自分の知らなかったこととか気づいていなかったことがいっぱい。情報には何らかの形で触れているので、事実関係で知らないことがあるわけではないのですが、新聞を見るとまた違う感覚で頭の中でいくつかのことを思い巡らせることが出来ているような気がします。

 多分、スマホのニュースサイトなんかは、それを元に物事考えるには何かが適していないんでしょうね。同じように文字が並んでいても、その中身の受け取り方というか、吸収のされ方というか、そういうものが全然違います。具体的に何がどう影響しているのかはわからないけれど、多分それこそがギリギリの所で紙の新聞が全くなくなることはない理由なのではないかと思っています。

 同じ新聞をいわゆる「電子版」で読んだときにどうなのか。やっぱり、ニュースサイトと同じことが起きるのかな?

 実は、東京の在所の4軒隣に、新聞の配達所があるんですよね。いつも東京にいるわけではないので宅配を頼むのは無理ですが、そこで帰ると思えばもう少し新聞に触れる機会を作るべきかなとも思っています。

 

 あとは、日刊スポーツの占いね。これは見ないと(笑)。
 今は毎日は見られないけれど、見たときにはその日一日の行動の糧にしています。

2020年8月 6日 (木)

「ゼロ」からの脱出

 何とかギリギリ「やることがゼロではない」日々を過ごしております。

 こういうときだからこそ、上を見てうらやましがったり妬んだりすることなく、さりとて下を見て無意味な安心をすることもなく、「自分のありよう」だけに集中して生きていかねばと自分自身に言い聞かせながら、「ゼロではない」何かに時間をしっかり費やしつつ、一日一日を過ごしているつもり。そういう気持ちを維持するのはなかなか難しいのですが、「ゼロではない」ことだけを頼りに、その日一日を乗り切るような気持ちで過ごしています。

 今日も、そんな一日を「乗り切った」夜に、自分自身の反省会も含めてこの日記を執筆。日記なのに、月火水と3日間もサボってしまったのは、「乗り切った」ところで大抵、精神的に力尽きてしまうから。正確に言うと、力尽きてビール飲んでしまうから(笑)。今日は休肝日でお酒を飲むことなく、パソコンに向かってみました。

 

 給付金ももらったし、経済的にいますぐ困窮するわけではないから、何かが苦しいとかそういうことでもないんですよね。確かに先々どうしようって、心配な気持ちは一日の中でなんども頭をよぎりますが、だからといってそれで考え込んだり、絶望したり、やる気が失せたりと言うことは全然ない。多少なりとも前向きには日々過ごせているのかなとは思っています。

 

 まあただ…つまんない、ですよね。一言で言って。ひたすらつまんない。機会がないですから。

 その「機会」というものを、どうやって自分の方に引き寄せることが出来るか。最近はそんなことばっかり考えています。

 

 物事プロセスが大事、とか自分でもよく言うし言っていたけれど、違った(笑)。プロセスなんかあんまり関係なくて、出番や機会がどんな理由でも形でもいいので自分のところに来ないと、つまんない。いまこの状況になって、ハッキリわかりました。つまらないことをやる方が嫌だけど、やることがなくてつまらないのも相当にいや。

 ほんとに「ゼロ」になる前に、さあどんな風に動いていけるか…いまのところは、その「動いていけるか」の部分で多少なりとも「ゼロ」を回避していくことなんだろうなと思い、動くなり動かしながら過ごしているところです。

 

 昨日は名古屋で、今日は東京の自室でリモートで、「ゼロではない」一日を少しずついい感触で過ごすことが出来ました。昨日も今日も、多くの方に構って頂き、それは本当にありがたいことだと思っております。

 

 来週あたりからは…厳しいぞ(汗)。いよいよ「ゼロ」が近づいてきているから。

 どうやって「ゼロではない」日々にしていこうか。それを考えて行動出来る心身のコンディションだけは、保っていきたいと心から思っています。でないとね、ほんとに色んな意味で「ゼロ」になるから。何とか早くめどを立てたいものです。

 

 頑張って行きましょう。

2020年8月 2日 (日)

ミスリーディングか、ノットリーディングか

 金曜日土曜日と札幌で過ごして、今日日曜日に東京に戻ってきました。成田経由なので、自室までたどり着くにはもう一日仕事。でも、成田で電車に乗り継ぐタイミングがすごく良くて、朝に札幌の部屋を出て夕方まだ日が落ちる前には帰り着きそうな感じです。あまりのタイミングの良さに成田空港での滞在時間がいつになく短く、色んなことを見て回るいとまがありませんでしたが…電車の便数は、少し増えているのかな?空港の第2ターミナルの様子は、ここ一連と殆ど変わらず閑散としていました。

 

 前回も書いたように、札幌の様子はかなり心配な状況でした。平日は会社員の飲み会が文字通りの「宴たけなわ」になってるようですし、繁華街から離れた場所でも、10人いたら少なくともひとり、多いときには2,3人はマスクをしてない人に行き当たる、という感じかな。土曜日には、若い人のマスクしてない集団とかにもそこかしこで行き会いましたし。

 滞在中、札幌の人たちに「東京よりもマスクしてない感じあるね」と話すと、皆さん一様に驚いていました。なぜいま東京とか他の街でこのようなことになっているのかが、正しく伝わっていないなと感じています。それはひとえに、かつてはパチンコ店、そしていまは怪しげな「夜の街」というキーワードで表されるスケープゴートを作って切り抜けようという、リーダーの方々の…まあ失礼を承知でわかりやすい言い方をすれば「疚しい」思惑によるものでしょう。「夜の街」がいけなかったわけじゃなくて、そこでのいくつかの行為とか状況がいけなかったことは明らかなのに、そこはごまかしたのが、数字を減らしていわゆる「押さえ込み」をしたいのであれば致命的だったと感じています。

 もう、考え方や立場がいろいろあるのは仕方ないんだから。リーダーの皆さん方が腹をくくって嫌われ役やるしかない。それも半端な嫌われ役じゃなくて、ひとに「生き方変えろ」と言わなきゃいけない。大変な役ですよ。でもそれがリーダーの役割。

 そう考えると、リーダーから「私心」が消えたときが、事柄が終息に向かう時なのかな。例えば中国とかは一見、リーダーの思惑で色々やってると思われがちですが、あれはあれで後ろから刃が飛んでくる可能性も含めて、命をかけてやっている。日本では体制が違うから、同じやり方は勿論出来ませんが、求められている物事は結局のところ同じなんじゃないでしょうか。

 

 まあいずれにせよ、札幌を含めてまだ「ボヤ」で住んでいる地域がこれ以上酷いことにならないなら…それはそれで「とてもツイている」ということなのでしょうから、良いこと。事柄が事柄だけに、そんな「ツキ」に身を任せるのは私だったら嫌ですが。

 みなさま、くれぐれもご自愛下さい。

2020年7月30日 (木)

「リア充」も大概にしないと…

 札幌で、営業的に苦労しているいきつけの店で晩ご飯でもと思って訪れたところ、店から驚くほどの歓声が上がっていて店の入口で少々たじろぎました。会社帰りの5~6人のグループが、いくつものテーブルを囲んで、談笑。少々遅い時刻に訪れたので、恐らく皆さんは2軒目だからなんでしょうが、まあ大きな声で話すわ、笑うわ…。それぞれ、グループの中にひとり感染者がいたら、まずアウトだよねっていう状況で、それでも皆さん楽しそうに時を過ごしておられました。

 複雑です、正直。いきつけのお店なので、繁盛しているのは大変喜ばしいことなのですが、繁盛の仕方が「新たな日常」に全く適っていない。私、もう会社員やめて長いのでわからないのですが、やっぱり大勢で飲食して談笑するっていうのは、しなきゃいけないことなんでしょうか(苦笑)。

 

 少し以前にも、「リア充」と「困窮」の分断、ということをここに書きました。その後事態は更に良くない方向に進んでいるわけですが、「リア充」層の事態を考慮しない行動は更に勢いを増し、「困窮」サイドの人々のその度合いは更に極まるという形で、両者は分断は更に広く深くなっているような気がします。

 おまけにリーダーたちは「経済回せ」とか言って「リア充」サイドの人たちに「無理」を促す。そういう無理すると、追い込まれるのはむしろ「困窮」サイドの人々。「困窮」サイドの人たちは、既に痛い目に遭っていて生きていけるかどうかもわからない状況になっているので、無茶はしないはず。早く終息しないと、本当に死んじゃいますから。でも「リア充」の人たちは恐らく、経済的に「まだ」打撃も受けてないのでしょう。そうでなければ、大人数で集まって飲食とか、ちょっと理解出来ません。まさか本当に「コロナとか風邪と一緒」と思ってるんだろうか…。

 

 気の毒なのは飲食店の方。もうここまでの状況の中で明らかに「困窮」サイドにいるのに、お店としてのリスクと、自らの結構リスクと、両面のリスクを背負って「リア充」を受け入れないといけない。なんかすごく難しいことですね。

 

 これ、本当に、リーダーたちが持って行き方を間違えると、みんなが期待しているのと反対のことが起きると思います。「リア充」満喫している人たちも、いま困ってないからあまり深刻に捉えていないだけなんでしょうか…ただ、経済的な影響がこれから自分の所にまで広がるかも知れないという「発想力」ぐらいは、少なくとも持っておいた方がいいのではないでしょうか。

 そうでないと…日本だけ終わらなくて、取り残される。「困窮」の最果てに……。

2020年7月29日 (水)

船の進む方向は みんなで決めよう

 昨日から北海道に来ています。昨日丸一日、門別競馬場に取材のため滞在した以外は、殆ど札幌の自室で過ごしました。出かけたのは、昨日帰宅後、車で3分の所にあるドラッグストアに買い物に行ったのと、今日、歩いて30秒の所にあるコンビニに足りない食材を買いに行ったのの2回だけ。従っていまのところ、札幌が今時の状況の中でどんなことになっているのか、全く承知しておりません。

 夜のニュースを見れば、世の中まあ予想通り相当なことになっているみたいで、「自分がかからない」ということを目標にするなら、行動には油断が出来ないなと改めて感じています。「若い人」そして「子どもから家族経由(またはその逆)」が問題になるなんてことは、結構以前に私ごときが気づいてここに書いていたぐらいだから、世の中にはとっくに気づかれているのかと思っていましたが、テレビのニュースを見ると今になって驚きを持って捉えられているみたいで、むしろそちらの方に驚いています。

 

 この状況をどうするのか。世の中様々な意見があるのももうわかっていること。大雑把に言えば、防疫か経済か、とかですね。それだけでなく、他にも様々な要素があって、それぞれごとに人により意見が違う。しかしこの際、誰かが旗を振ってその方向に進んでいかないと、何もせずに全ての人の状況が悪くなる。いま私たちの国で人々が感じているのは、病気や経済不振の閉塞感ではなく、そうしたことを決められないリーダーと、そんなリーダーを選んでしまっていた自らへの絶望感ではないでしょうか。

 私とは意見が違うけど、「コロナは風邪と同じ」「集団免疫こそ最善策」と信じる人たちは確かにいて、他国も含めて世の中の大勢とそれは意見が違うので、ネット上でそうした意見も細々と伝えられています。それはあまりに荒唐無稽な話だからなのかわかりませんが、「経済回そう」と思うには、そうした人々の見解を採用するしかないわけで、それならそれでテレビなり新聞なりがそういう場を提供して、議論を戦わせればいいのではないかと思っています。アメリカなんかは、リーダーが一見滅茶苦茶なことを言っていても、それを評価するための情報開示や議論はきちんと行われているみたいですしね。

 

 いま、みんな考えてますよ、ものすごく。一部の人たちが言うように、思考停止なんかしてない。リーダーたちと違って、経済的なことも含めて生存の危機だと思っているので。なので、もっと情報と議論を「嫌と言うほど」世の中に流すべきなんじゃないでしょうか。そして、正面切って議論すればいい。そうすれば、リーダーたちに無理な決断を迫る必要性も少なくなるから。隠すから、じゃあお上が決めてくれやってなる。悪循環ですよね。

 日本では、権力持つと物事隠蔽したがるのはもう大昔からの伝統的性質。ただ、そういうことも「行動変容」させるべき時だし、そのためのものすごいチャンスが訪れているという見方も、出来るように思います。

2020年7月28日 (火)

店さえ開いていれば、そこには需要が生まれる

 実は、土曜日の時点で気づいて、一昨日昨日と九州・大分県にある別府競輪場のモーニング開催を映像で見ておりました。

 モーニング開催は競輪やボートレースですでにこれまでも行われていましたが、この日は従来のものより更に時間帯が早くて、何と1レースの発走時刻が8時半。そこから7つレースをやって、最後のレースの終わりが10時45分頃。他場の日中の開催が始まる前に全レース終了という、これはなかなか画期的な開催。もう何度か、この形で行われていたのかな?一日全体でなんぼ売れたのかわかりませんが、票数を見ると朝の1レースから2千万円近くは売れていたようですので、営業成果としてもなかなかのものだったのではないでしょうか。

 昨日は、他に仕事の傍らでかけ流しにしておくものもなかったので、朝から晩まで競輪のレースを続けて流して見てみました。そのモーニング開催があって、それが終わる頃に丁度デイ開催レース場がいくつかスタートして、デイが終わるとナイター開催が始まるまでに少し時間が空いていて、ナイター開催が終わるとミッドナイト開催が、すでに1個レース終わってる、位の感じであとは夜中まで。8時半から夜の11時半頃まで、ほぼぶっ続けでどこかのレース場のレースが行われておりました。私は、朝からほんの少しずつだけですが車券を買って参加し続けて、ナイターが終わる夜8時半頃になってデスクワークが忙しくなってしまって車券は終了。それでも12時間ぐらいの間ずっと参加し続けてみて…まあ、何だかすごいなと(笑)。朝から晩までずっとやる、なんてことをする人は滅多にいないんでしょうけれども、「朝から晩まで店が開いていて、何かしら売っている」と思えば、これはこれで面白いことなのかなと感じました。あとは、業界でもっと連携して、レースやってない、イコールものを売っていない「隙間」の時間帯をなくしていくとか、頑張りようがあるような気がしました。

 朝の8時半からレース開始とか、「出来るんなら、もっとやればいいじゃん」と思い、そんなことをツイートしたところ、すかさず現役競輪選手のK外中K哉さん(隠す意味がない…笑)からツッコミのレスが入りました。曰く…

 

「選手からしたらめっちゃキツイです。朝、4時過ぎには起床しないといけませんから」

 

 ごめんなさい……客の立場しか考えていませんでした(苦笑)。

 しかし、だとすると4時過ぎに起きて午前11時前には仕事が終わってしまう選手は、その日そのあとをどんな風に過ごすのだろうか。生活のリズム的には、相当大変そう。かつて、競馬がナイターで行われるようになったときに、そもそも比嘉昇遙か以前の早朝から調教などで活動している競馬界で、レースが夜になったらどうなる!?みたいなことを言われていたことを、思い出しました。

 競馬なんか、朝からレースやって早く終わった方が、生活のリズム的には合うと思うんですけどねぇ…どこもそういう方向には行かないのかな?

 

 今日は残念ながら別府モーニング開催の最終日に参加することなく、朝から移動。北海道に渡り、また苫小牧のイオンモールで時間調整しながらこの稿を書いています。今日は門別競馬場に取材にお邪魔しますが、そのあとはステイホームかな。

 週末までいても、結局札幌競馬場には行けないのですが…それでも週末まで滞在する予定です。

2020年7月27日 (月)

東京で寂しい週末

 先週末からJRAの札幌競馬の開催がスタート。このときのために札幌に拠点を構えていると言っても言い過ぎではないほど、この2年間この季節には北海道にずっと滞在して、様々に活動してきました。しかし…今年は仕事は勿論、競馬場に取材に出かけることも出来ない状況。結局、4連休で飛行機代がビックリするほど高かったこともあり、週末は東京に留まっておりました。

 

 テレビでレースはチラ見ぐらいはしていましたけれども、やはり私のように事柄ごとに関わりながら仕事をさせてもらう立場にいると、仕事で関われない事柄はどうしても縁遠くなってしまう。実際、まだ仕事にはなっていないことも含めて、やらなきゃいけないこともありますし。

 馬券を買って、レースを見続けていくというのも勿論ひとつの考え方なんでしょうけれども…さすがにね、持続化給付金もらったとかここに書いてて、その立場で馬券に興じているというわけにもいきませんよね(笑)。

 実際、冗談は横に置いても、実際今の状況だと、お金を使うときには自分の中でそれなりの「言い訳」がないと無理。賭け事なんて、一見すると手元に何も残らないことの方が多いわけですから、いまはどの公営競技に参加するにせよ、そのこと自体が何かの「経験」として糧になる、っていう筋道が必要です。そんなの、自分の中でのことだけなんだけれども…いまの状況で文字通りの「無駄遣い」は、さすがの私も出来ないかなと。なので、本当に申し訳ないのだけれど、JRAの馬券を買う機会も金額も、かつてに比べると「相当に」減りました。JRAの馬券に限って言えばいま、大人になって馬券というものに手を出すようになって以降の自分史上、金額的には最少……。

 

 で、週末に参加した馬券。まず日曜日のWIN5。前の週に的中者がなくてキャリーオーバーが発生していて、まあさすがに話題には乗っておいたほうがよいと思って少額ですが参加しました。売上も、普段の倍近くの11億円だとかで…みんな、お金あんだね(笑)。というか、私のように「キャリーオーバーあるなら」と言うことで参加してみた方が多かったのでしょう。

 もうひとつ参加したのが、同じ日曜日のHTB賞。地方競馬のホッカイドウ競馬(門別競馬)からフジノロケットが参戦していて、単勝複勝の馬券をちょろっと買って観戦。門別には取材にも出かけているし、門別は予想原稿も書かせてもらっていて、縁がありますから。そのぐらいの出費は許容。馬も3着と頑張ってくれて、複勝馬券が当たりました。

 当たったことは別としても、いまは自分自身が楽しむにしても、こういう「縁」が頼りなのかなと、レースを見ていて実感しました。それがあれば、馬券を買ってレースを見ていても、何て言うか「心穏やかに」楽しめますから。そういう意味では、JRAの競馬にも早くそういう「縁」、言い換えれば端の方でもよいので携わっていく「きっかけ」を作れればと思うのですが…難しいね。いまのところ、全く手がかりはありません。せめて取材に出かけることが出来るようになれば、出来ることも生まれるし、こちらの心持ちも違ってくるのですが。

 

 まだまだ、時間がかかるね…
 焦るわけじゃないけど……何かきっかけぐらいは、欲しいよね。気持ち的には。

2020年7月25日 (土)

まずリーダーが「範」を示せ

 もう少し時間がかかると思っていましたが…思っていたよりも早く、今の状況で「経済回す」といくら旗を振っても無理があると、みんなで気づく頃合いになってきたような気がします。解禁だか解除だか知りませんが、状況をきちんと踏まえているとは思えないことをリーダーたちが言い出し、それに乗っかってみた人たちが痛い目に遭ったり、特段それでいいことが起きていなかったりと、もうすでにそこかしこでそういうことが始まっているようです。しばらくは、そんなことが続いていくんじゃないでしょうか。

 「あの頃」ね…「新たな日常」とか「行動変容」とか言っていたのが懐かしく思えるほど、みんなかつて営んでいたこと、楽しんでいたことへと逆戻りして、そしていまこの状況。それで痛い目に遭ったり、不安感に苛まれたりしてる。いまとなっては、「あの頃」がもう懐かしくすら思えます。 

 

 ほんと、どこに行ったんでしょうね。「新たな日常」とか「行動変容」とか。

 それとも、まさか「手を洗う」とか「マスクつける」ぐらいの話で済むと、みんな思ってたってことなのかな…。

 

 新宿の街で、「接待を伴う飲食店」を警察が巡り、感染拡大防止対策の状況を確認しはじめたというニュースを目にしました。案の定、店の人たちは口を揃えてこう言ったと。

 

「言われたとおりに全部やってちゃ、営業が成り立たない」

 

 でもね…言われたとおりやらないとダメなんだよ。「新たな日常」なんだから。それで成り立たないことは、少なくともしばらくは諦めなきゃいけない。でないと、いつまで経っても、こんな状況のまま。それこそ、したり顔の経済学者が言うみたいに「自殺者が増える」っていう話になりますよ。

 店閉めるなら、補償よこせってなるから当局が強く言えないんだとも聞きます。だけどね…こちとら、ほぼ休業状態ですけど、休業補償なんか一銭も頂いておりませんよ(笑)。私だけじゃなくて、そんなひと一杯いるよ、世の中には。今のこの状況で、やってたことが出来なくなったから当局が金出すべきだとか、私はちょっと意味がよくわからないです。もらってないので。

 

 物事窮屈なのは、いまはどうしようもないよね。その中で出来ることを考えないと。出来ないなら、生きるために別のことを考えないと。

 みんながそう思うようになるまでは、物事収束しないし、いまはぽつりぽつりとは言え、いずれもしかしたら大々的になるかも知れない犠牲者が出続けることになるんじゃないでしょうか。

 

 とにかく、リーダーにしっかりして欲しいです。政策が難しいのは、しょうがない。誰にとっても経験のない状況なのだから。でもね…だからこそ、少なくとも、態度や考え方ではしっかりと「範」を示して欲しい。それだけで、国民の行動は間違いなく変わってくると思うんです。

 例えば、昨日のニュースで報じられた、首相が秋にG7に出かけるという話、そして出かけたあとの検疫を免除させようとしているという話。リーダーたちが、自分たちで言っている「新たな日常」の意義も「行動変容」の必要性も、全く理解していないことのあらわれでしかない。そんな状況で国民に何を訴えても、聞くわけないよね。わかんないもん、意味が。

 

 4連休も明日まで。それが終わったあとがまさに「恐る恐る」になりそうですが…まあとにかく、リーダーたちに言われるままに旅行に出かけたみなさんは、まずは是非とも無事でお帰り下さい。

2020年7月24日 (金)

「社会正義」は、世の中を守る処方箋

 この1週間は、昨日お知らせした新たな仕事だけではなくて、結構色んな「イベント」があって、それも含めての慌ただしさを久しぶりに味わっておりました。

 

 そんな中、直接の収入につながる案件のひとつ、家賃支援給付金の申請が完了しました。

 持続化給付金の申請の時に、準備の「コツ」みたいなものを既に掴んでいたこともありますし、事前に「恐らくこういうものが必要だろう」という情報も、あちらこちらを調べて仕入れていたこともあって、書類のスキャンなどの準備に30分、そこからサイトに飛んで申請するのに30分で、計1時間ぐらいで全ての作業が終了しました。サイトの中での情報入力は、持続化給付金の時よりも格段に進化していて、間違えようがないほど簡単。慌てることなく申請開始の日から数日経ってから行ったので、サイトへの接続自体もスムーズでした。

 要するにこういうことは、申請する方も受ける方も事前の準備がどれだけ行き届いているかと言うことにかかるんだと思います。申請する方は、税務申告さえきちんと行っていれば、個人だろうが法人だろうが、難しいことなど何もない。申請受ける方も、今回は事柄的に制度やルールの作りが難しい案件だったにもかかわらず、よく対応されていると私は思いました。

 それでも…ようやく今頃かよ、遅すぎる!っていう向きはあるかも知れません。ただ、日本がこういうことには時間のかかる国だというのは、みんな他の様々なシーンの経験でわかっていたはず。こういうときだけ「頑張って急げ」と言われても、それは無理というものでしょう。

 

 それよりも、当局は「正義」がないがしろにされる事態を、全力を挙げて避けるべきです。すでに持続化給付金は、個人による不正受給が横行しているとの報道も目にしました。こういうときに「インチキ」だけは許さない、という、確固たる決意を示すことも、リーダーの重要な職責のひとつ。いくつか摘発して、大々的に報道して、立件して、厳罰に処すれば済む話なのですから。いま手が足りていない衛生当局とは全く別の人手で出来る話だとおもうので、今すぐに取り組んで頂きたいです。

 それでなくても…こういうときには、社会の中で、分断や軋轢がそこかしこで生まれがちですから。それを防ぎ、社会をとりまとめるための「正義」を守ることには、精一杯力を尽くすべきでしょう。でないと…感染拡大防止策にも、大きな影響が出ますよ、きっと。

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