« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月

2019年12月27日 (金)

かき入れ時の年末年始 スタート!

 年末年始の「強化週間」に既に突入しております。

 世の中は、金曜日の御用納めの日に概ねお休みモードに切り替わったみたいですが、そこからみんなが休んで、そして楽しむ時期が、私たちの仕事の中ではまさにかき入れ時。早い時期からこの近辺のスケジュールをにらみながら、今年はどんなお正月になるだろうとあれこれ思い巡らせていました。幸いなことに、今年は間断なくお仕事も頂戴出来て、移動も含めて忙しく、そして有り難い年末年始を過ごすことが出来そうです。

 

 先週末の軽井沢から戻ったあと、東京で手元の仕事や打合せ会議を少し消化したあと、今日の北海道・石狩を皮切りに、ライブツアーよろしく予想トークの旅がスタート。有馬記念のあとで東京大賞典の前という微妙な時期ではありましたが、いつもよりも多くのお客さま方がご来場下さり、ご一緒に競馬を楽しむことが出来ました。またすぐに年始にこの場所にお邪魔することにはなっていますが、一応今年の石狩の場外発売所での競馬イベントは最後。お客さま方と有馬記念を振り返ったり、(私は欠席だった)前週の服部茂史騎手のイベントの感想を頂戴したり、そして…ここでもまた、いまどうしているの、と気にかけて下さるお客さま方もいて、そんな触れ合いが本当にありがたくまた心地よい一日となりました。この場所にお邪魔する度にそうして構って下さり、そしてレースを楽しんで下さるお客さま方のおかげで、こうして厳しいこの一年をやってこられたのだなと、そんな想いを新たにしました。これから年末まで、そんなことを思いながら、また別の場所でもお客さま方と一緒に過ごしていくことになるのだろうな、とも。

 肝心のお仕事、イベントの中身は、例によって競馬の予想トーク。それも朝の10時から夜の9時までの「11時間耐久」マラソン場立ち予想トークでした。もうこれで4回目ぐらいになるこの方式ですが、何回やってもしんどい…予想をただ喋るだけではなくて、私の場合は喋った通りに馬券も買いますから(爆)。今日は全部で3つの競馬場で35レース。次々とお客さま方に予想を披露しては、その場で馬券を買い、そしてレースを見るという行為の繰り返し。デイレースとナイターで3つの競馬場の開催が重なる時間帯は、次々とレースのタイミングがやってきて、さながら「一手30秒」の早指し将棋のように、次々とレースを消化していきました。

 それでも、馬券が当たればね、まだ救われるんですよ。馬券マラソンもゴールまで頑張ろうという気力も出てくる。でも今日は本当に全く当たりが引けなくて、途中16時過ぎから4時間ぐらい、次々とやってくるレースの馬券全部はずれ続けて地獄の「ノーホーラ」状態。さすがの私も、これには倒れそうになりました。
 ヘロヘロになりながら、これはなんとかせねばと思い立ったのが、「方角を変える」。すぐ隣のフロアでは小倉競輪の車券が売られていて、ちょうどレースが間もなく始まるというタイミングだったのを見つけた私は、モニターと出走表を1分ぐらいにらんだ後、意を決して車券を買ってみたのでした。

 これがね…大当たり。競馬で作った、ひとに言えないぐらいの大幅な「負債」を、一変に全部返してお釣りが来るぐらいの大当たりを引き当てて、息を吹き返しました。夜通し予習した競馬が全然当たらず、その場でパッと思いついただけで買った競輪の車券の方が当たるなんて、なんとも複雑な気持ち……などとは一切思わず、とにかく体力はともかく、財布の中身だけでも11時間完走出来る状況になったことを、素直に喜んでおりました。

 だめなんですけどね、それって。仕事で予想喋ってる方が当たらず、全く予想を披露せずに勝手に買った方が当たるとか(苦笑)。まあ、何はともあれ「生き残る」ことが出来ましたので、予想が当たらなかった借りは、年明けにこの場所に戻ってきたときに必ずお客さま方にお返しせねばと固く誓って、現場をあとにしました。

 

 年明け、サテライト石狩でのイベントは、1月5日の金杯当日。そのときにきっとリベンジしますよ!

 またそのときにお目にかかりましょう。

2019年12月24日 (火)

不思議な「縁」に恵まれ ひとびとと触れ合うひととき

 昨日は、演歌歌手の椎名佐千子さんのクリスマスディナーショーの司会のお仕事を頂き、千葉まで出かけてきました。

 長らく公営競技やスポーツの仕事中心に活動させて頂いてきた私が、まさか歌手の方のディナーショーの司会をさせて頂く機会に恵まれるとは…私自身がビックリ。これも、振り返れば本当に偶然が積み重なって繋がった「縁」で、今回お声かけ頂いたものです。常日頃からその「縁」というものは信じている方ではありますが、いまそのようにして、ひとつ役割まで頂きながらその場に身を置くと、「縁」というものの不思議さを感じます。今回の「縁」も、競馬の仕事をずっと続けて頑張ってきたら、まさかのここにたどり着きました。そんなこと、予め想定して動いてそうなるものじゃない。色んな物事って、そんなものなのだなと、改めてどう生きることが大切か、ということに思い致さずにはいられません。

 ディナーショーは、大変盛り上がりました。ホテルの宴会場に仕立てられた会場が、およそ250名のお客さまで満員。皆さんが手拍子だけでなく、歌の合間で声援や合いの手を入れたり、配られたペンライトだけでなく手製の応援アイテムを振りかざして声援を飛ばすなど、とにかくショーの間中はお歌の素晴らしさは勿論のこと、それを楽しむお客さま方の雰囲気も最高でした。1時間半ほどの時間があっという間に過ぎていきました。

 仕事として、こういう場にいられたことももちろん幸せなこと。しかしそれ以上に、この素晴らしいお客さま方とご一緒に時を過ごせたことは、私にとってこの上もない財産になりました。帰り際に、結構多くのお客さま方と話をさせて頂きました。それで具体的に何がわかった、ということもないのですが、とにかくお客さま方が「楽しんだ」という満足感に触れることが、また今度別の形で私が私のお客さま方に楽しんで頂くための、原動力になるような気がしています。

 生来、人付き合いがそれほど良くない私ではありますが(苦笑)、それでもこうして構って下さるお客さま方、そして椎名さんご本人を含め今回のスタッフの皆様方がいる。色んなことを(勝手に)背負いながらのこの1年ではありましたが、年の終わりに有り難い機会を頂いたことで、いいムードの中で締めくくることができそうです。

 

 さあ、週末からはラストスパート。そしてそれとくっついて新たな年の始まり。切れ目なし(笑)。仕込みから抜かりなく、私のお客さま方と楽しんでいけるよう、頑張って行きますよ!

2019年12月22日 (日)

本格的に 新たな時代へ

 昨日まで、軽井沢国際カーリング選手権大会のお手伝いで、軽井沢に滞在しておりました。

 大会期間中は忙しく、この日記に書き込むこともできませんでしたが、会場・軽井沢アイスパークは連日大盛況でした。ゲームが始まる木曜日から、無料入場の土曜日午前までは、朝からお客さまが席を取るために行列を作るという、これまでにない光景が見られました。それも、早いときには朝5時から会場の入口前で、寒い中待って下さっていたと聞きますから…私たちも、恐縮しきり。この熱気には、大いに励まされました。

 実は、大会が始まる前の反応からいつもと違うものがあると、運営担当の方々は話していました。それがどれほどなのだろうと半分期待、半分心配、ぐらいの感じで軽井沢に入り、いつも通りの準備を整え、開幕を迎えておりました。果たして、お客さま方の注目度合いと熱気は、初日から私(たち)の想像を遙かに超えるものとなり、最終日まで大盛況。近隣の関東首都圏からのお客さま方だけでなく、北海道から遙々チームの応援に訪れたという方々、あるいは、軽井沢観光のついでに来られたという方の中には、前日にニュースでこの大会のことを知り、はじめて観戦に来てみた、という方もおられました。まさに老若男女、幅広く集まり、カーリングというスポーツ競技の観戦と、会場で過ごす時間を楽しんでいるさまを見て、単に今回の大会の注目度合いだけでなく、カーリングという競技に対する人々の関心の高さを、肌で感じた今日までの4日間でした。

 とりわけ、男子のゲーム、チーム、そして選手に対するお客さま方の関心の高さには、心から驚かされました。男子のゲームが、アリーナ内の客席満員、連日ゲーム終了後にはいわゆる「出待ち」のお客さま方が会場のエントランスに夜遅くまで溢れる、などという状況は、本当につい何年か前には考えられなかった光景。この大会にももカーリング競技自体にも長らく携わらせていただいてる私としても、ただただ驚くよりほかありませんでした。

 まずは、ここまで来たということ。これは選手をはじめとしてカーリングに携わる皆さん方のここまでの尽力によるもの。そして、ずっと以前からカーリングを見て楽しんできた方々が、ずっと応援し支えてきたことが、広がり、そして実を結びつつあるということなんだと思います。

 

 私はね…「さあ、ここからだ」という気持ちしかありません。年が明けたらすぐに、2月には日本選手権。そこでも、今回の大会と同じようにお客さま方に楽しんで頂けるようにいまから準備せねばと、身の引き締まる思いがしています。
 せっかく、本当に面白いことが、面白いことになってきたので。もっともっと楽しめるように、楽しむ人が増えるように。力を尽くして行ければと思っています。

 今回の大会に携わった全ての皆様、そして今回の大会を楽しんで下さった全てのお客さま方に、心から感謝申し上げます。

2019年12月10日 (火)

LCC 「安さ」より「便利さ」

 香港からの帰国は、レースが終わった当日の香港エクスプレスの深夜便を利用しました。

もうね…ずっと寝ているから。どんな飛行機乗ってても、関係ないですよね(笑)。これで、大手キャリアのように一人ひとり食事配られたりすると、どうしても目が覚めてしまうのですが、それがないのが有り難い。勿論、LCCでも、予め予約すれば食事は出てくるのですが、さすがに深夜便ではわざわざ注文する人もわずかと見えて、客室内は非常に平穏でした。ずっと寝ていたので、どんな流れだったかは正確にはわかりませんけれども。

 脚が伸ばせるエマージェンシーロードを、元々の運賃と比較したらちょっと躊躇するぐらいの追加料金で確保したのは、特に帰りの便については正解でした。脚を前に投げ出して、体も伸ばしてだらしない格好で眠っていたら、それが楽な姿勢だったか全く目が覚めず羽田に着陸しましたから。横になって寝るのとは比べるべくもありませんが、それでも帰国したらすぐに活動しなきゃいけないと思えば、ここはお金をかけるところかなと。

 実は、現地で他にも「香港エクスプレス安い!」って言ってる方に行き会いました。その方は家族でのお出かけで、荷物の追加料金を払うのはひとりかふたりなので、あとの人は、大手キャリアを使うことを思えば、まさに「タダ同然」だと。私も、これまで香港への行き来には、当たり前のようにJALとかキャセイを使っていました。そしてそのたびに、例えば「機内食いらねえな、寝てるだけだし」「もっと早い(遅い)」時刻の便があればいいのにな」などと思っていました。LCCは、決して「安い」手段というだけではなく、そういう「ニーズ」を満たしてくれる存在。いままで選択肢として検討すらしていませんでしたが、価格をきっかけにして使ってみると、実は価格の安さだけでなく、実に「便利」な存在でした。

 こういう経験もね…いまこういう立場になってみたから気づいて出来た、と思えば、いい経験(笑)。いままでよりも節約の人生、思ったよりも悪くないです。いままでお金を使って得ていたJALのステイタスも、もう年末まででなくなってしまい、海外に出かける前恒例のあのラウンジのカレーも頂くことはなくなってしまいますが、また別の楽しみを味わいながら、僅かな資金で出かけられる場所を探して出かけて行ければという意欲が改めて湧いてきました。

2019年12月 9日 (月)

レースでは負けても、「競馬」では香港の圧勝

 昨日の香港・シャティン競馬場では、食事付きの指定席エリア「JUMP」に席を予約して、一日競馬を楽しみました。

 「JUMP」は、アメリカンパブを思わせるような内装に仕立てられたエリア。大きな半円形のカウンターで食べ物や飲み物を出し、周囲に並べられた席で私たちは食事や競馬を楽しむことが出来ます。1レースがちょうど正午のスタートだったこともあり、その近辺の時刻で概ね席を埋める感じでお客さん方が集まり、まずランチ。そして合間にはお酒も含めた飲み物やデザートを前に、それぞれ熱心に競馬にもう興じていました。水曜夜の開催が中心のハッピーバレーとは違い、日曜昼間に楽しむシャティンの施設は、きちんと競馬を楽しむ方にシフトしてる。そしてやはり、デザインなどは公営競技場の普通の居住まいとは一線を画する洗練されたものになっていて、「そこにいること自体」も楽しめるようになっていました。

 日本の競馬場のように、レース場に食堂に入ってもらう、っていう発想だと、こういうことは出来ないんですよね。食事も、その場所にいることも、レースを楽しませることと一体になって物事を考えないと、香港の競馬場のようなひとびとの楽しみは生まれない。気がつけば出来ることだと思うんですが、日本ではJRAも含めてまだ全く行われていませんね。

 私は、1カ所だけそれが出来る可能性があって、すでに行われている小さな取り組みをよく知っています。実際にその取り組みに携わらせてももらっていますが…緒につくところまでもまだまだ…仕事をするための調整の難しさということもありますしね。

 

 久しぶりに、プレイヤー取材全くなしで香港の競馬場で過ごしました。20年とか昔に香港に初めて行くようになったときに、競馬に関して「これほど進んでいるのか」とカルチャーショックを受けたそのギャップは、正直それほど小さくはなっていないなと感じます。日本の競馬が進化していないわけではありません。香港の競馬の楽しませ方が、どんどん前へと進んでいって、他の追随を許さないほどの進化を続けているということなのだと思います。これだけ来慣れた場所なのに、なお新しくて、そして楽しく感じられた香港の競馬のエネルギーが、私の中にすっと充填された感じ。日本に帰ってきてから、また次のことを考えて試すモチベーションに、きっとなると思います。

 ほんとうに、ここ何年かにはないほど、いい香港滞在でした。

2019年12月 8日 (日)

今年はレースまで香港

 久々に現地で、香港国際競走。一日中、競馬場の中を歩き回り、さまざまなものを見聞きして、充実の観戦体験でした。

 香港競馬も、シャティンの競馬場も、何度も訪れているので、その点で目新しいと言うことは特にありません。しかし、毎年このレースの中継放送のブロードキャスターをさせて頂いてきて、現地から来る映像で見ていたものとは、細かいところでは色々違う…というか、映像はやはり映像なんだなと。それが率直な実感でした。その場所で目にするもの耳に聞くこと、肌で感じる物事や、その場所のシーンが移りゆくにつれ変化する空気の微妙なゆらぎ。そして勿論、レースのそのときの興奮と感動。日本からの遠征馬が大きなレースを3つ勝った、ということも勿論感動要因には違いありません。しかしそれ以上に、久しぶりにこの場所の大きな盛り上がりの中に身を置くことが出来たことに、わたしは感激しましたし、感動しました。

 

 今回は、敢えてそうしなかったことと、正直「役割ないしな」という多少すさんだ気持ちもあって、プレイヤーの取材という立場を取りませんでした。滞在中に、親切な方が「取材証あると」と声をかけて下さったのも丁重にお断りして、現地にいる間中ずっと「客活動」に徹しました。それが元々の私の「立ち位置」だし、競馬を伝えるブロードキャスターとして求められることの大半は、その立ち位置にあると今でも思っていますので。結果的に、こんなに日本の馬がたくさん勝ってしまっては、ついついコメント収集に精を出し、そのかわりに今回味わったような感動が手に入らなかったような気がします。

 こうして感じたことを、また何かの形で伝えたい…。

 これまでも、香港だけでなくオーストラリアやイギリスなど、自力で海外に取材に出かけるたびにそう思い、そこでの経験を自分の中にいっぱいに蓄えて日本に持ち帰り、海外の競馬の中継放送を担当させて頂く度にそれを出しながら、出演させてもらってきました。いま場がなくなったから言えることですが、それが海外競馬のブロードキャスターとしての意地でもありましたし、この分野での私の仕事を支えてくれる土台にもなっていました。

 いまは残念ながら、そうした「伝える場」がなくなってしまいましたし、また新たに何かの場を手に入れることがあるのかどうかもわかりません。しかし、「伝えたい」という気持ちは持ちつつまた様々なものを見聞きしてくることこそが、ブロードキャスターたるもののありようだろうと、今回改めて実感しました。

 

 レースのことだけじゃなく、自分自身についても、色んなことを見つけた旅でした。そして、一人で過ごすつもりで出かけたにもかかわらず、応援して下さるお客様方も含めて、思いのほか様々な方々と行き会うことが出来ました。そんな時間を過ごせたことに、そしてそれを提供してくれた香港に、改めて感謝します。

2019年12月 7日 (土)

マカオでも、競馬場に想いつのって

 昼にホテルをチェックアウトして、近くにあるマカオ・タイパ競馬場へ出かけました。この競馬場も開催は主に週末なので、出かけるのは久しぶり。調べたら、名古屋の丸野勝虎騎手がマカオに行っていたときに、その勝利の姿を現場で目撃したのが12年前。その後あと1回ぐらいは行っていると思うのですが…とにかく、この場所で競馬をやっている時に訪れるのは、かなりの久々でした。

 かつて来たときにも、年々寂れていっていると感じていた競馬場ですが、今回来てみると更にここまで…という感じになっていました。とうとう、メインスタンドの中ははほぼ完全閉鎖。大屋根のある日本の昭和の時代の公営競技場みたいなスタンドの、屋根下の席や発売所だけは入れるようになっていて、あとは地下室みたいな一角に、客だまりと発券所がありました。かつてはそれなりにお客さんも入っていた、地下のスロットカジノすらなくなっていたのには驚きました。もうこういう場所にスロットをやれる場所があっても、お客さんは来ないと言うことなんでしょうか。

 レースは、元気よく開催されていました。お客さんもそれなりに集まり、歓声も上がっていました。マレーシア・セランゴールのレースもいわゆるサイマル発売されていましたが、そちらの方もそれなりに参加されてた。この場所が生き残るのに「十分な」賑わいなのかどうかはわかりませんが、ここでも確かに競馬は続いているということを実感することが出来ました。

 

 それにしても、日本人の方が多かった。翌日の香港国際競走を見にいらした方々がマカオまで楽しみに来られたみたい。マカオの寂れたスタンドで、年配の方に声をかけて頂いて、「テレビ見てたよ。今出てないみたいだけど頑張れ」みたいに言ってもらうとね…涙が出そうになりますよ。

 そんな出会いも、この競馬場があり続けているからこそ。状況的には厳しい的な話もたまに聞こえてくるこのマカオの競馬場ですが、わたしの生きている間はあり続けて欲しいと心から思っています。やはりこの場所も何につけ、今回行き会ったひとびととのことも含めて、訪れた時の想いは募っていますから。

2019年12月 6日 (金)

弦を緩め 思い巡らせ

 昨日から、マカオに滞在しています。

 自分へのちょっとしたご褒美…が貰えるような功績は何一つないのですが、少しぼーっとする時間も欲しかったので、コタイのリゾートホテルに宿泊して休日。贅沢には違いありませんが、平日の宿泊は探せばそんなに高価でもなくて、いつもと違う雰囲気に囲まれる環境が手に入ると思うと、悪くない出費。のんびりタイムも含めて、ちょうどいいご褒美。

 言い訳すると、仕事はしてました。宿題はいくつかあるし、毎週の原稿はその曜日が来たらやらなければいけませんから。でも休み主目的だと思っているので、スローな感じで、必要なことをそれなりに、という位のペースで、ゆるゆると片付けられることをその範囲で。そのぐらいの方が、得てして考えもまとまったりするものですしね。いつもこういう環境、というわけには勿論いきませんが、昨日今日は快適にいくつかのことを片付けることが出来ました。

 直接仕事のことではない、例えば自分自身がこれからどうしようかとか、どうあるべきかとか、どういう取り組みを、みたいな、日々の様々なことの流れの中にいてはなかなか思い巡らせるのが難しいことを、結構考えていました。気持ち的に余裕があるからなのか、あれもしよう、こういうこともやってみようと、前向きにどんどんと、あふれ出るように色んなことに思い至っていました。それをどこかに書いて残すと苦しくなるので、私自身の曖昧な頭の中に刻んで、日本に帰った後記憶に残っているものだけやってみる。そこまで行ければ、上等ですよね。思い至った物事の中には、「それ、何度も挫折したでしょ」と自分自身で心中ツッコミを入れている(苦笑)ものもあるのですが、まあ…どこまで出来るか。今週は色んなことに刺激も受けてきているので、それを糧にしながら頑張って行ければと思っています。

 何もしない休みは今日まで。明日は超久しぶりにマカオの競馬を見に行ってみます。

2019年12月 5日 (木)

ここにもまた、「ひとびとが集まる場所」が

 昨日のハッピーバレー競馬場。毎年恒例の国際騎手招待が行われました。お客さんも大勢入って、盛り上がりも例年通り。レースも真の一流ジョッキーが顔を揃えて、掛け値なしに世界レベルの競演となり、レースも見応えがありました。

 私は、「アドレナリン」と呼ばれる、競馬場内にあるバーラウンジエリアのチケットを予め予約。そこは確かに馬券売場もあって、オッズが出ているモニターも無数に並び、確かに馬券が買える競馬場の施設。しかし、訪れる人たちはグループで、あるいはもっと大勢でやってきて、その場で提供されている食べ物や飲み物、時折流れるバンドの生の音楽などを楽しみながら、一緒に来た人々との時間過ごしていました。じっと競馬新聞を見ながら、がっつり競馬をやっているような人はほとんどいなくて、みんな自分たちの楽しみの間に、やりたければ競馬。でも、その合間にある競馬はそれなりに参加していて、レースのたびにそのスペースも盛り上がっていました。

 競馬場が、競馬場をそういう場所として整えて、そういうひとびとを集める。この国の競馬は、そういうことの価値がわかっているからこそ、リノベーションにもお金をかけて、アイディアを結集して、場所を作り、そしてそこで「必ずしも競馬をやりに来るわけではない」お客さんを楽しませる方法を考えている。私自身、いろんなところで見てきた、「競馬のあるべき形」の一端を、改めて確認することが出来ました。

 こういうこと、やりたいんですよね…なかなかそれを形にする機会に恵まれなくて。っていうか、形にする機会があったなと思っても、理解されなくてうまくコミット出来なかったことが、何度もあります。

 もうこうなったら、自分でそういう場所を作るしかない!?(無理)

 

 この日、競馬場で一番驚いたこと。

 国際騎手招待のオープニングセレモニー。騎手の紹介が終わって、来賓がスイッチを扱うと背後で花火がドッカンドッカン上がるのが、例年の流れ。今年も、そこまでは殆ど同じ流れで来ていて、さあいよいよだ、とばかりに私もカメラを構えたのですが…花火、上がらない……何かのトラブルかと思ってよく見ると、スクリーンにCGの花火がちょろちょろと表示されていました。これまでの華々しさとあまりにも違い、拍子抜けもいいところでした。

 これも、昨今の情勢の影響なんでしょうかね。

2019年12月 4日 (水)

初めての HKexpress

 利用覚え書き。

 行き早朝、夜深夜オーバーナイト便で往復4万円弱
 早朝便はうちからなら路線バスで間に合う。鉄道は間に合わない。
 荷物が衣類ぐらいしかなく、15kgにも満たず。20kgは予約しすぎ。
 羽田も香港も、沖止めではなくボーディングブリッジがあるスポットで乗り降り
 香港では荷物もあまり待たずに出て来た。
 機内食がないのは良い。
 座席は、ガン寝するなら通常座席でも十分かも。ただ少し堅め。
 今回は、エマージェンシーロードに座ってみたが、そこまで脚を伸ばす必要はない。
 荷物はともかく、座席料往復5400円は贅沢しすぎだ(笑)。

 

 これまでは、香港に行くのに「赤いの」とか、同じアライアンスの「緑色の」に乗ったりしていたのですが、経費節減の必要があるので、今回はLCC。結論から言うと、香港に行くぐらいの距離なら、全く気にならないですね。昨今の香港情勢の影響もあるのでしょうが、早朝深夜の安い便を使ったとは言え、運賃部分だけなら往復で11880円。カバン一つ持って出かけるだけなら、2万円で往復出来る勘定ですから…便利な世の中になっていたんですね。前の晩の帰宅が遅くて、殆ど寝ずに羽田から飛び立ったので、機内では殆ど目も覚めることなくおやすみモード。そもそもあったかどうかもわかりませんが、不便は全く感じることなく、香港に着くことが出来ました。

 

 空港ターミナルは、まだ午前中ということもありまだガラガラ。これからアジア各地からの便が着けば、もっと賑わうのかも知れませんが、あまり見たことがないほど静かな雰囲気でした。

 ターミナルビルのコンコースに例年飾られているクリスマスツリーが、今年はかなり慎ましい大きさ。市街へ出るエアポートエクスプレスの乗り場には保安要員が待ち構えていて旅行客ではない乗客を呼び止めては何事か質問。初めて来たなら気がつかないような小さな変化ですが、毎年来ていてしかも構えてみてしまう私のような常連の訪問客からすると、微かな微かな「違い」が少しずつ気になる、旅の始まりになりました。

 「改めて客活動に取り組む」というのがテーマの、今年の香港。競馬の取材は客活動に絞って、「だからこそ見えるさまざまなこと」を吸収したいと思っています。

 

 さ、カフェでコーヒーでも飲みながら、今夜のハッピーバレーのレースの予想しなくちゃ(笑)。

2019年12月 3日 (火)

初めての 長渕剛(ライブは)

 お誘い頂いて

長渕剛 TSUYOSHI NAGABUCHI CINEMA & LIVE 2019 太陽の家

…という長い名前の公演を見に、横浜まで行ってきました。

 タイトルをよく見るとわかるように、「太陽の家」という彼が主演する映画の試写会とコンサートライブが一体になった公演。彼のライブ自体出かけたこともありませんでしたが、お声をかけて頂いたのも縁と思って、出かけてみることにしました。

 

 こういうケースでいつも思うのですが…楽しいんですよ、行ってみると。こういうライブとか、自分は嫌いじゃないんですよね、たぶん。ただ、特定の誰かアーティストが自分にとっての「推し」になって、こうした場に通い詰める、ということがまずない。自発的に「誰のイベントがあるから」と狙って出かける文化が私の中に生まれたことが、これまで殆どありません。でも、誰のイベントでも、何のイベントでも、行けばそれなりに楽しめる。楽しみ方も、周囲を見ながら少しずつわかって、そして一緒に楽しめる。今夜も、そのような感じでした。

 この日のライブは、まずみんなでその「太陽の家」(年明けに公開だそうです)という映画を見ました。長渕剛のために作られた映画で、彼を見るべき映画というつくりでしたが、それが彼のキャラクターなのか、嫌みなく楽しめましたね。細かいことを考えず、時間があったらこれを見に行って、ちょっと気持ちほっこりしようよ…ぐらいの気持ちで、気軽に見に行っていい映画でした。すごくヒットするかどうかは微妙だけど、私にとっては、例えば人に聞かれたら「見に行ったらいいと思うよ」と素直に言える作品だったかな。相手役の飯島直子が好配役にして好演でした。

 休憩を挟んで、長渕剛ライブ。普段のライブでも彼はこうなのか、ほとんどMCなしでずっとステージの上で動き回って、歌い続けて、1時間半でたぶん15曲ぐらいだったか。本当にパワフルに、そして時々彼の真骨頂のスローテンポの曲で聞かせていました。63歳のおっさんがこれなんだから、干支ちょうどひとまわり下の自分がショボショボしてる場合じゃないなと。そこは素直に勇気づけられました。

 私の周囲は招待客エリアで、私と同じように彼のライブを初めて見る方が結構多くいました。その若い人たちの間から終演後、「長渕剛やべえ」みたいな声も聞こえてきていましたね。ファンになったわと、また来ようと。それこそ「乾杯」とか「とんぼ」とかの時代の彼に触れていないような若い人々にとっては、むしろ新鮮に見えるアーティストなのかも知れませんね。改めて「あの時代」…昭和の終わりから平成の初めの頃の音楽とかアーティストは今とは違う、今の音楽やひとびとにはまだ備わっていない「パワー」のようなものに満ちあふれていたなと、つくづく思いました。

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »