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2020年1月

2020年1月26日 (日)

初めての島根で 素晴らしい出会いと楽しみの時間

 島根県・出雲に来ております。昨日今日の2日間、この出雲から車で30分ぐらいのところにある競馬の場外発売所・BAOO三刀屋(みとや)という場所で、ばんえい競馬のイベントに出演させて頂き、2日間競馬の予想トークなどを務めさせていただきました。

 初めてお邪魔する場所の、初めて行き会うお客さま方。北海道から遠方の場所にある場外発売所ということで、この場所のお客さま方がばんえい競馬にどのぐらい関心があるのか、ということも、北海道から出かけた運営サイドの皆様方と一緒に心配しながら臨みましたが…果たして、実際に始めてみると、お客さま方は競馬の中身にも、そして予想トークというイベントそのものにも関心を持って参加して下さり、週末2日間を大変な盛況の中で過ごすことが出来ました。いま2日間の仕事が終わって、そんなお客さま方の様子と過ごした時間の盛り上がりを思い起こして、(大げさではなく)改めて心からの感激に浸っております。

 やはり、ばんえい競馬そのものは、言葉で説明すると「知っているけれどいつも参加するというところまでは…」という位の感じ。しかし、新聞を配って読み方を説明し、「馬券を買おう!」と呼びかけてみると、皆さんそれぞれに「じゃあ」という形で参加して下さり、レースが始まると帯広のレースが放映されているモニターの前にみんなで集まって観戦。馬の歩き(時々止まり)に一喜一憂し、馬券の当たり外れの結果にともに盛り上がる時間は私にとっても大変楽しく、朝から晩までが2日間という長丁場の仕事があっという間に感じられました。今日、全てが終わって、最後までばんえい競馬を楽しんで下さった皆さんにお礼を申し上げて別れ、そしてその場所から引き上げてくるときの寂しさというか、後ろ髪引かれ感は、私自身久しぶりに感じたものでした。

 これは競馬に限ったことではないと思いますが、それぞれの場所に、それぞれで暮らしてきたお客さま方がいて、その雰囲気はそれぞれに違って、そして競馬についていえばそれぞれの楽しみ方があるということ。初めて訪れたこの場所で、改めてそんなことを勉強させていただきました。

 せっかく初めて島根・出雲に来たのに、来たときは札幌から殆ど乗り継ぎ直行で到着は前夜。そして今仕事が終わって明日の朝には用事があって東京に帰らなければなりません。「出雲大社も見に行けない」とお客さまにこぼしたら、大層驚かれて、「じゃあまた来ないとね」と慰めていただきましたが…仕事かどうかはともかくとして、本当にまた来ないと、ですね。

 

 ということで、明日の朝には東京に帰ります。

2020年1月22日 (水)

負けも ひとつの道しるべ

 カーリングの話。

 先週末までフィンランドで、カーリングの世界選手権出場をかけてのトライアルが行われておりました。日本からは、アジアパシフィック選手権で世界選手権の出場権を取ることができなかった男子の部へ出場。日本代表のコンサドーレが出場権獲得をかけて挑みましたが、残念ながら出場権を取ることができませんでした。

 出場権を取ったのは、中国とロシア。自国のオリンピック開催を控える中国の育成がそろそろ緒についてくることは容易に想像出来ますし、現地から帰ってきた協会の方が「ヨーロッパは層が厚い…」とこぼしていたように、ヨーロッパ選手権で敗れたチームもそもそもが世界レベルであることは間違いなく、その中で、その2カ国に続いての「あと一歩」というのは決して悪くはない戦績と言えます。

 しかし…今年の世界選手権への出場権を逸したことにより、来年までの2回の世界選手権が「予選」の位置づけとなっている2年後の北京オリンピックに向けては、そこへの日本の出場自体が非常に難しいものとなりました。その意味で、結果においては非常に残念ですし、重大な結果になってしまいました。「出場権を取ってくる」と意気込んでいたコンサドーレのメンバーの無念さは、察するに余りあるものですし、チームの周囲やカーリング関係者の方々だけでなく、カーリングを見て楽しむ私と同じような立場の多くの方々にとっても、受け入れるのに少々時間がかかるというか、事実だけでなく気持ちの上でもなにか非常に複雑な感覚にとらわれているところではないかと感じます。

 まあただ…落ち着いて考えれば、これも「日本の男子カーリングの歴史」の1ページ。ここからまた、日本の男子カーリングがどのような方向に進んでいくのか、見ようによってはその流れを追っていくのが楽しみでもあります。どうしても、目先のオリンピック、という発想になってしまうのですが、よく考えたら日本の男子カーリングが明確にオリンピック出場を意識出来る状況になったのも、歴史の中では「ついこないだ」の話。今回のことは「事件」には違いありませんが、その「事件」を一つの節目として、日本の男子カーリングが進んでいくその行方を、しっかりと見つめていきたい気持ちでいっぱいです。

 まずは、2月9日からの日本選手権。元平昌出場選手が率いる新チームの台頭も含めて、男子の部から目が離せなくなりそうです。

2020年1月13日 (月)

ようやく「通常営業」へ

 先週末は、帯広から札幌へ帰って、1月5日のJRA金杯の日には、毎年恒例のサテライト石狩の大抽選会イベント。そこまで終わってようやく東京に移動して、また一日競馬。落ち着いて新年に入っての様々なことをこなしはじめたのが、7日火曜日になってから。デスクワークがあったり打合せがあったり、途中で一日人間ドックを受けに名古屋に出かけたりもしているうちに、時間は慌ただしく過ぎ、2週目週末の3連休ももう最終日になってしまいました。

 改めて振り返れば、この年末年始は例年以上に競馬と向き合い、そしてお客さま方と向き合う機会にたくさん恵まれました。そして、先週も書いたように、喋り手としてまさに「喋る」ということに取り組む機会にも恵まれ、充実した時間を過ごさせて頂きました。もしかしたら、この数年で最も良い年末年始を過ごすことが出来たのかも知れません。あまりにも色々なことがあったので、年末の様々なことはもう遠い昔のことにも思われるのですが…お客さま方も含め、その間に行き会ったひとびとの姿を思い浮かべるにつけ、改めてその過ごした時間の充実を思い起こすことが出来ます。

 さすがに、2週間近くの間飛行機や鉄道で行ったり来たりを繰り返しながら過ごすのは、体力的には厳しかったらしく、6日の競馬が終わった翌日はデスクワークも今ひとつ勢いがつかず、ぼんやりと過ごしていました。そこから少しずつ調子を上げてきて、この3連休でようやく名実ともに「通常営業」という感じ。この間もお出かけはありましたし、来週も北海道のお出かけで、その先の予定も含めてなんとなく落ち着かない感じは否めませんが、次はいい春を迎えることが出来るように、冬場に与えられたミッションをしっかりと、多くの方々の中で「参加しながら」こなしていければと思っております。

 明日からは、また北海道に出かけます。雪が少ないこともあちらこちらで問題になっているようですが…活動したり暮らしたり、ということに関して言えば、今年は本当に楽。年末年始にずっと札幌にいたのに、すすきので全く飲めなかったという無念さ(笑)があるので、今月は札幌に出かける度に頑張って自分の時間も少しは作って、楽しみも味わいたいと思っています。そのために、すすきの近辺にわざわざ住んでいるのだから(苦笑)。

2020年1月 4日 (土)

今年も帯広で これからの1年に向け「チャージ」

 例年お邪魔しているばんえい帯広競馬の正月開催の仕事に、今年もご厚意により呼んでいただき、2日から今日まで帯広で過ごしておりました。例年ですと、大晦日に帯広に入ってホテルで年を越し、元日から帯広でのお仕事開始という日程だったのですが、今年は元日にレースがなくて2日からスタート。今日までの滞在中、レースの実況アナウンスや中継放送の進行の仕事をさせていただいてきました。

 正月の帯広競馬場の賑わいや、大勢お集まりのお客さま方の姿に触れるにつけ、例年より1日遅れではありますが、「正月が来た」ということを実感。今年も「いつも通りのお正月」を迎えることが出来たことに心から感謝しつつ、この3日間を大切に過ごしていきました。

 30日まで行われていた年末の開催が盛り上がり、そして売り上げも上がったこの場所の競馬でしたが、正月2日に蓋を開けてみると、その勢いそのままの盛況でした。開幕日2日の入場門には、その末尾が遠く見通せないほどお客さま方の列が長く伸び、レースのたび毎に上がる歓声も例年以上。私がいた3日間の売り上げもかなりの好調。お客さま方の雰囲気だけでなく、自然とスタッフの皆さん方のムードも高まってくるというもの。私は全体からしたらその一部をお手伝いさせていただいただけでしたが、この盛況の一部に確かに携わることが出来た、という手応えと仕事の喜びを、とても貴重なものとして受け止めていました。実際、こうしてそれなりに長くやって来ると、仕事の中でそういう手応えを味わえることというのは意外と多くはないということもわかってきていますから。

 

 喋りの仕事に正面から向き合うことが出来る機会としても、この正月の帯広での経験は喋り手としての私に、毎年とても多くのものを私にもたらしてくれています。いまはそうした機会が極端に少なくなってしまっているので、まさに「貴重な経験」となったこの場で、特別に様々な意識をしながらかなり思い切って喋らせていただきました。例えば、ばんえい競馬というひとつのスポーツ競技の実況という意味では、年に1回か2回しかない修練の機会。普段からこの場所で実況されている太田さんや大滝さんに色々なことを教わりながらチャレンジ出来ましたし、スタジオMCの仕事では、まさにお客さま方の「楽しみ」をどう実現するかを時々刻々考えながらプレーすることが出来ました。そのような機会がいままた頂けることには、喋り手として深く感激しています。

 夜、レースが終わって、後ろ髪引かれつつ帯広をあとにしてきました。今年もまた、年の初めに得ることが出来たこの経験を、これからの1年に向けて前向きに生かしていければ、何とかまた1年やっていけるのではないか。そんな微かな自信を胸に、札幌に帰ってきました。

 

 今回、帯広での仕事をアレンジして下さった皆様、滞在中にお世話になった全ての皆様、そして勿論、帯広競馬場のレースを楽しんで下さった多くのお客さま方に、心から感謝申し上げます。

2020年1月 1日 (水)

それがたとえひとりであっても 求めてくれるその気持ちのために

 あけましておめでとうございます。

 雪の札幌で新年を迎えました。北海道に出入りするようになって初めてこの街で年を越し、初めての正月の風景の中に身を置いて、いままでにない感覚で正月を迎えています。仕事での慌ただしさから、なかなか「年末年始」という雰囲気に自分自身をモードチェンジすることが出来ないでいましたが、今日の朝一番で北海道神宮に初詣に出かけ、ようやく2019年を自ら終わらせることが出来たような気がします。

 本当ならば、この何年何十年とは異なる形で過ごしたこの1年をもっと早く集約して、とりわけこの1年にお世話になった皆様に心からの感謝を伝えるべきところでした。しかし、慌ただしさにかまけてそれもせぬままに年を越してしまったのは痛恨の極み。今日になってこのようにようやく日記を更新して、そうしたこの一年の様々なこととか、行き会いお世話になった多くのひとびとに思いを致すことが出来ています。

 

 仕事の上でこの1年間の間に、テレビの仕事を失い風前の灯火となった私に敢えて手を差し伸べて下さった皆様のことは、恐らく死ぬまで忘れません。人生の中では、そうしたことをたくさん思うタイミングというものがあるのだと、初めて知りました。そしてこの1年は間違いなく、人生の中でのそうしたタイミングだったと実感しています。

 テレビの仕事がなくなり、とりわけ競馬の仕事においては、現地にいることが多くなりました。現地で直にお客さま方に触れ、その姿を目にし声を耳にする機会に恵まれたこともまた、私がこの1年を過ごすためのものすごく力強いエネルギーになりました。多くの方々がテレビでの私の姿に触れていたことも改めて実感しましたし、そこでしていたことが、仕事を失うという結果とは全く逆に、お客さま方の期待感に概ね叶っていたということも、自ら直接確かめることが出来ました。

 

 「出てますよね」とお客さま方に「もう出てません」というのも面倒くさくなったので(笑)、改めてもう言い直すことはしていません。それでも、会話の中で事情を知ったお客さまの中には、「またテレビに出られるように頑張りなさい」と親のような励ましの言葉まで下さるお客さまも、少なからずおられました。涙が出そうになるぐらい有り難い言葉。でも、そんなふうに声をかけて下さるひとびとのことを思うと、正直この1年間の自らの有り様はとても悔しく残念に思われてなりません。自分は、何をやっているのだと。たとえそれがひとりふたりというわずかなものであっても、期待してくれるひとがいるのであれば、もっとそれに応えていかなければいけないのではないかと。

 

 そんな思いで過ごしたこの1年、多くの方々に支えて頂き、力を失いかけていた自分の背中を押して頂き、今日また新たな1年を迎えることが出来ました。これからの1年、そして更にそのあと続く時間を、私のことをあてにし、何かを求めて下さる方々のために全力で尽くしながら過ごしていこうと、今朝、北海道神宮の本殿の前で手を打ちつつ、改めて誓いました。

 北海道神宮で引いたおみくじ、末吉でした(笑)。今年はそのぐらいの心持ちで。

 

 皆様、今年もどうぞよろしくお願い致します。

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