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2020年4月

2020年4月30日 (木)

「行動変容」が生み出す「信頼感」

 夕方に、北海道知事と札幌市長の共同会見。札幌市は「都市封鎖に相当する」自粛要請、とのことで、いままでこの件で訴えられた中では最大限の要請…という名の「警告」が発せられました。札幌の自室に留まり、極力人との接触をしないという「自粛」生活を続けていた私も、さすがに背筋を伸ばしてテレビで流れる会見の知事の声を聞き、改めてことの深刻さと取り組むべきことの重要さを思い知りました。仕事でもダメ、ということのようなので、仕事でも動くことは止めることにします。

 正直、仕事で一時訪れていた東京から札幌に戻ってきたときに、多分東京と同じかそれよりマズいことになるかも知れないなとは覚悟していました。マスクしている人が少なかったですから。それが防疫上の観点から実質的にどう、ということも勿論関係あるかも知れませんが、それより感じたのは、マスクをしていない人の数イコール、物事の重大性が浸透していないことの現れなのだろうなということ。

 

 「行動変容」という言葉は、いましなければならないことをとてもよく表している言葉だと思います。いままでこうだったから、という考えや意識や、行動のイメージみたいなものは、およそ捨て去って物事を考えて、行動を決めていかなければならないのだということ。物事を「変える」のは、ストレスを伴うのは当然。しかしそのストレスは克服して「行動変容」していかなければ、まず最初の収束の時すらいつまでたっても迎えることは出来ないのでしょう。

 その意味で考えれば、札幌の場合は「マスクがないから」とか「都会から人が来るから」という「言い訳」をしやすい状況だったことは、その「行動変容」を妨げることに繋がる「不幸」だったかも知れません。東京では、その言い訳はしづらい。そのかわり、そもそも人が多くて「気をつけるにも限度がある」という別の状況はあるんですけれども。そのように、それぞれの場所の状況によって事態の収束を妨げる要素に異なるものがあるとしても、「マスクする」「極力外出しない」ということが世界中どこでも同じ認識で行われている対策だとすれば、まずはそれをきちんとするということが、いま取り組むべき「行動変容」の第一歩なのではないでしょうか。

 

 ここから心配するのは…北海道内の、他の地域でしょうか。いままで札幌のひとたちが恐らく「東京とか大阪から人が来るからだ」と言ってこの状況を招いた轍は、決して踏んではいけません。札幌ほどでないのでマスクしなくても出歩いても大丈夫、的なものの考え方に繋がると、医療規模が小さい中でもっと悲劇的な状況を読んでしまうかも知れません。知事会見で「全道一丸で」という今回の趣旨を明確に訴えたことは、恐らくそれを意識してのことだと私は解釈しました。

 思い起こせば…ちょっと前まで、北海道の隅々まで、もっと言えば日本中に、世界中から来た人たちがうようよしていたのですから。

 

 自分も含め全員が一様に、人にうつす可能性があるとイメージすること。私はいま懸命に、その難しいイメージを自分のものにして行動を変えようと、努力しているところです。すでに、札幌にいても、東京にいても、殆ど自室で過ごしていますが、その取り組みを強化するために出来ることを考えて過ごすつもりです。そのためのヒントは、一部のリーダーたちが具体的に示してくれていますから、それも参考に。

 一人ひとりがそれをきちんとすること。それが、前の稿にも書いたコミュニティの中での「信頼感」だと思います。誰も、こんなことで死にたい人はいないんで。そこが「お互い様」になるかどうかが、いままず「第一の課題」をクリアするための、大きなポイントなのだと、私は信じています。

2020年4月28日 (火)

現状から抜け出すための 一人ひとりの「信頼感」

 先日、個人のTwitterに「札幌は現状につき緊張感がない」的な書き込みをしたところ、普段大して見られているTwitterでもないのに、実に様々なご意見を頂戴しました。私は別に、そのように意見を聴取したりその意見をもとに何か出来たりする立場ではないので、そのように注目されることには大変恐縮しています。

 まず申し上げたいことは、その書き込みを見て「札幌の住民を批判している」と取られた方には、心からお詫びを申し上げたいと思います。リアクションを見るとそう理解された方も少数ながらおられたようで、それは全く本意ではないのですが、読み返してみると書いた側の不徳も多分にあるかなと、反省しています。

 

 要は、たまたまいまこの時点で同じ場所にいるひとびとの間の「信頼感」ということなのではないかと思い、そのツイートを書き込みました。

 もうすでに言われていることですが、いま私たちの方針は、可能な範囲で社会を動かしながら、現状と向き合い戦っていくことに決まりました。意見が違う人もいるのかも知れませんが、国のリーダーがそう決めたのだから、これは仕方ない。みんなでその方向で努力するしかありません。

 そのときに…一人ひとりがきちんと気をつけているという姿勢を、お互いに見せあうことの重要性。私が気にしているのはそこです。社会を止める、と決心したなら、それはむしろ取り組みやすい。でもいま私たちは、社会を止めずになんとかするという、それよりも遙かに難しい課題に取り組まなければなりません。そのときに、たまたまその場その空間を共有するひとの中に、その点における信頼が「見た目」の段階で出来てないひとがいる。それで、社会全体として取り組むムードに果たしてなるのかと。

 「ムード」で問題が解決するのかどうかは、もう議論するときじゃないです。その方向で行くと、少なくとも今の段階ではリーダーたちは決心して、進もうとしているので。みんなでその方向で進むしかありません。
 人の考え方感じ方は様々あって、それを束ねるのは相当に難しい。それは、私ごときのツイートへのそれなりにリアクションがあるのを見てもわかります。いまリーダーたちが苦慮しているのも、(それがこれまでの自らの行為の報いかどうかはひとまず横に置いて)まさにその点なのでしょう。

 なので、地べたのレベルから出来ることは、まずみんなで取り組む「信頼感」なのかなと。「緊張感」と書くのが厳しいと言うことであれば、「信頼感」と置き換えて受け止めてもらえればと思います。

 

 その上で、この度頂いたご意見を拝見し、思い感じることもありました。

 まず、マスク。マスクがないなら、バンダナみたいな大きめな布、口元と鼻を覆うものがあれば、何でもいいと思いますよ。ネットで見れば、即席の「マスク」を作る方法は、たくさん紹介されていますよね。私はタオルでやろうとして失敗したけど(笑)。あと、いまマスクはもうドラッグストア以外の所では、出回ってもいるようです。例えば即席マスクでもきちんと口元と鼻を覆って行動している人を見れば、それは「大変な中でもきちんと意識してやってる人だ」という信頼感に繋がります。いま社会に求められているのは、お互いにそういう風に思い合えることなのではないでしょうか。どのみち、ドラッグストアで売っているマスクを着けていても、自らの感染予防にはならないらしいので…やはり見た目、ですよね。相手を思いやっているという、その行為。

 

 あとは、お前が東京から札幌に来ているのがけしからんと。これは言われると思っていました。当該ツイートにも書いたけれど、その考えが一番危険です。なぜかと言えば、それは3月上旬に東京の人たちが、北海道から来た、あるいは帰ってきた人たちに言っていたこととまさに同じだから。

 2月末に北海道に緊急事態宣言が出た時、私は仕事で札幌に滞在していました。仕事の現場では、消毒・検温・人数減らしのテレワークなど、まさに今言われていることを全て先取りするような、大変な緊張感溢れる対策を講じて、その仕事は何とか無事に終了しました。しかし、そのとき北海道全体を覆っていたその緊張感を携えて一時東京に戻ってみると…まるでひとごと。正直対策らしいことは何もしていなかったし、なんとなれば「外国人観光客が多かったのは北海道。北海道で収束すれば、それで終わる」と言っていた人ばかりだったのには、大変驚かされました。その後、東京がどういう状況で推移し、どういうことになったかは、皆さまご存じの通り。

 東京でも札幌でも沖縄でも他の地域でも、どこの地域でも同じこと。移動した先で外出して浮かれてるのは、勿論話になりませんが…どこかよそから来て部屋に閉じこもっている人と、地元民でマスクもせずに出歩いている人。どちらが「信頼感」があるか、ということを、私は重視しています。なので私は、仕事さえなければ部屋から殆ど出ないし、実際出かけなきゃならない仕事は今のところないので、買い物以外は人との接触はほぼゼロ。幸い、連日通勤しなければならないような職種でもないので、どこの場所にいたとしても同じようにしていると思います。

 これは仕事の上での立場の中で仕方ないことだと、私は理解しますが…北海道内では「道内の他の場所から移動してくるのはいいけど、札幌から来るのはダメ」という話も聞こえてきています。私も含めて、いま札幌にいる人たちがそんな声や動きをどのように受け止めるのか。そういうことが問われているのではないでしょうか。

 

 そのように考えると…いま私たちが直面しているのは、病との戦いでも、経済との戦いでもなく、突き詰めると「社会という私たちのありようそのもの」に対する挑戦。ならば、社会をあげての「信頼感」溢れる行動で、受けて立ってやろうじゃありませんか!

無職お気楽生活も いま全ては「自分のため」

 昨日の話の続き。

 いま、出演系の仕事が全てなくなり、入っていたテレビの仕事もとりあえず終わって、やれることがすごく少なくなっていずれこうなるだろうな、と想定していた状況になりました。そこに立ち至ってみて、いま一番感じているものは…なんていうか「ホッとした」気持ちというか、すごく気楽な心持ちというか、そんな感覚に包まれています。

 まず何がいいって、外に出なくていい。これが何より気持ち的には楽です。だって、いまいる札幌にしても、東京にしても、この状況になってなお、マスクもせずに集団で街を歩いている人たちっていますから。例えば会社勤めをしていて、そんな危険な屋外に出て、混雑した公共交通機関に乗って通勤することを命じられている方もおられると思うんですが…申し訳ない、そういう必要がない自分は本当に気楽でいられるなと、心から思っています。

 あと、今この状況で「仕事休めない」っていう話になると、これはものすごいプレッシャーだと思うんですよね。何しろ、ちょっと熱が上がっただけで、感染しているかどうかにかかわらず2週間自宅待機、とかいう世界ですから。実際私も、4月に入って3件あった出演系の仕事が終わるまでは、いまこのリラックスした心持ちとはほど遠い心理状況でした。それが終わって、自宅でもできる執筆系の仕事だけになっているいまは、すごくホッとしています。仮に多少熱が出たとしても、自室から出なければ迷惑をかけることはありませんから。

 

 代わりはいるんですよ、いくら出演系の仕事でも。だから熱が出たのを隠して出演したりする必要は、本当はないんです。でも、そこはパーソナリティを商売にしているのが私たち出演者ですから。自分が出てやっていることは、自分しか出来ない、と思える人しかこの仕事の本当の「プロ」ではないと思うし、この状況の中でもしっかりとその気持ちを持ち続けることこそが、仕事を続ける上での「責任感」であり、それが一層の「緊張感」に繋がるのだと思います。

 だから、例えば身近なところでは、少し前までその立場だった、競馬の中継放送に毎週出ているような人たちのいまの緊張感は、察するに余りあるものですし、もし仮に自分がいまもその立場にいたら、どういう心持ちで日々を過ごしているかと思うと、いまのこのお気楽な立場は、ある意味では幸いだなとも思えます。

 

 ただ…それとは別に、こういうときだからこそ、何か世の中に貢献したいという、仕事をするうえで当たり前に持っているはずのモチベーションが高まっているのも、また事実。活躍している人たちをうらやましく思う気持ちも、率直なところを言えば勿論大いにあります。経済的に困る、ということの前に、こういうときに「いつもの仕事の中で」役立てることはないのか…と感じるもどかしさ、みたいなものでしょうか。

 

 最終的には「コロナで自分が死なないことが大事」ということを優先しています。死ななければ、またいずれ出来ることも生まれてくると思いますので。例えば、外に出ないのはお上に言われるからじゃなく、自分が感染し重症化したくないから。人がどう行動するのがいいのわるいの言ったり、お上が助けてくれるのくれないのと言ったところで、それで自分の命を守れるわけじゃない。

 自分の身は、自分で守る。そのための自覚と行動が、結局この事柄を早く収束させることにも繋がるのではないかと、私は思っています。人のためじゃなく、自分のためだよと。

 

 自室にいるおかげで、睡眠時間も十分取れていますし、外食で大酒飲んじゃうこともないですし。とうとう自炊まで始めて、食べる量も自分でコントロール出来るようになりましたし。いま、社会人になってからの過去30年での中では、最高に体調いいです(笑)。しばらくは、このある意味「快適な」生活を謳歌していてもいいのかなと思っています。根っからの貧乏性なので、また物事動き出したら、色んなことをやり過ぎなぐらいやりたくなってしまうでしょうから。

 あとは、この状況の中でも、仕事の声がかかればスクランブル発進。体調もいいだけに、その準備はいつでも出来ています。お声かけがあれば、いつでもどこでも出動致します。

2020年4月27日 (月)

仕事も、ある限り頑張っています!

 そうは言っても、私も「自粛」にかこつけてずるずると寝床で過ごしたり、ゲームばかりしているわけにもいかず(笑)。仕事の話も少ししておきましょうか。

 

 大変だろうなと思い連絡を取る各方面の皆さま方には、むしろ「坂田さん、大丈夫ですかっ!?」と逆にお心配をおかけし、大変恐縮しています。まずお伝えしたいことは…多くの方々のおかげさまで、私、生きております。結構、大丈夫です(笑)。

 ご心配いただいているように、殆どの仕事がなくなりました。「競馬はやっているからいいよね」という声も耳にしますが、それも「無観客」、加えていまは取材にすら出かけることが難しくなっていますので、私たちのような出演系で働いてきた者が受ける恩恵は僅か。いま競馬を伝える仕事として存続しているのは、オフィシャルの放送と、テレビラジオなどの放送関係の極めて限られた人たちだけじゃないでしょうか。

 例えばJRAの競馬場でのビギナーズセミナーの講師の仕事。競馬場でのイベント出演の仕事。そして、いくつかの地方競馬の場外発売所で企画と運営からやらせて頂いていた、競馬イベントの仕事。主力だったこれらの仕事は、きれいさっぱりなくなり、当然収入もなくなりました。2月の終わりに北海道の場外発売所が営業を自粛し始めた時から、早晩そうなるという風には思っていましたし、いずれも事柄の性質上まさにコロナとの「相性抜群」(苦笑)の仕事ですので、これは致し方ないことですね。

 競馬専門チャンネル・グリーンチャンネルの仕事を、事柄がこうなる前に2件頂戴していて、その2件は先週までに有り難くさせていただきました。いずれも元はスタジオでの出演の仕事でしたが、昨今の情勢の影響で、1件は自宅から電話で繋いでのリモート出演、もう1件は放送番組自体が変更になって、ナレーションの仕事に変わりました。いずれも僅かな時間でしたが、いつも以上に楽しくさせていただいて無事終了。今のところこれで、出演系の仕事の手持ちは全てなくなりました。

 あとは、昨年あたりから少しずつ拡大している執筆の仕事。これは有り難いことに周囲のお力添えを頂き、昨年よりも少し拡大しながら続いております。私が書いたものを目にして下さった方がおられれば、それも有り難い限り。当面、こうして執筆系の仕事をテレワーク(笑)でやっていくしかないので、一筆にいつも以上に魂を込めて、お客さま方にその物事を楽しんでいただけるものを提供していければと思っています。

 

 というわけで、私、元気ですので!
 お仕事のお声かけ、幅広く承っております。

 リモート出演やナレーションのお仕事、いつでもどこでも承ります。
 映像の機材も持っていますので、映像含め他リモート出演だけでなく、Youtubeの映像制作やライブ放送制作も承っております。
 執筆のお仕事、幅広く承っております。

 競馬だけでなく、スポーツ幅広く、スポーツ以外の経済などの物事も大歓迎です。
 「坂田ならやれる!」と思っていただける方(笑)のお声かけ、お待ちしております。

2020年4月26日 (日)

久しぶりに ご飯炊きました

 札幌の部屋に、かつて会社員時代に使っていた古くて小さい炊飯器を持ち込み、ゆうべ20年ぶりにご飯を炊いてみました。

 ドラッグストアでお米を買って、ご飯を炊くとなるとおかずもなんとかしなきゃいけないから、簡単な調理に必要なものも含めて買い揃えて、茶碗などの食器も少し買って準備。さすがに込み入ったものをすぐ作るのは無理ですが、ハムと卵を焼いて、豆腐は買ってきた醤油をかけて、サラダだけは仕方がないのでコンビニで…ぐらいの、本当に簡単な晩ご飯が、まあまあ簡単に出来上がりました。いつも自炊をしている方からすると、本当に恥ずかしいようなメニューではあるのですが、思ったより簡単に用意出来て、食事としても十分満足。これでしばらくは「チンするご飯」は日常食から備蓄用食料に格下げとなり、その代わりにキッチンには「北海道産ななつぼし」の袋が鎮座することとなりました。

 ほんの少し以前に、毎日忙しく慌ただしくしていた頃には、もうこのまま一生「外食」か「買い食い」の生活になるなと思っていました。しかし、世の中の姿は変わり、私自身の行動や時間の使い方も大きく「変容」した中で、とても小さな変化ではありますが、自分で食事も準備するようになるとは思いもよりませんでした。まあ要するに、そのぐらいヒマになったということなのですが(苦笑)、外出を自粛すべしという話になっているわけですから、外食や買い物を減らす努力という意味合いもありますし、経済的にも生きていくために節約は必要ですから。札幌は東京ほど物価が上がっていないように感じますが、それでもね…今この状況で、贅沢は敵ですから。

 

 今朝、運動と食事と買い物をまとめて済ますために外出。ひとがいない間に、自室の近所のすすきのの街(笑)を歩いてみました。日曜日の朝ですからほぼ全ての店が閉まっている状況なのですが、やはりほぼ全ての店の扉口には、何らかの張り紙が貼られていました。多かったのは「5月6日まで休業」かな。でも「コロナ気をつけてますが、やってます」っていう店も結構ありました。夜、かつて賑わっていた時間帯の街の様子がどうなっていたかは、その時刻に出かける気がないので知る術がないのですが、なんて言うか「空気感」みたいなものはわかるかな。

 私がいつも出かける店のうちのひとつが、「お酒19時まで、営業20時まで」という、東京並みの営業自粛をしていることもわかりました。やってるところは、やっている。あとは、それがどれだけ広がるか、ですね。

2020年4月24日 (金)

人生史上 最も好調(笑)

 まずは体温のチェックが重要、ということなので、1日3回体温を測って記録をつけています。人生史上最大の頻度で、体温測ってる(笑)。

 知っている人には当たり前なのかも知れませんが、一日の中での体温の変化って、結構あるんですね。いまSNS見てると「毎日35度何分で体温低すぎ(笑)」みたいな話を目にします。私も、朝の計測では連日出る数値は低めで、36度を割ることもしばしば。元々「体温低め」という方は、恐らくそんな感じなのではないでしょうか。

 ところが、昼間は結構上がりますよね。朝方35度台で、昼間に測ると36度台後半だと、その差1度近く。朝にきちんと測れていないのではないかと心配になって、数値が低いと計り直したりもしているのですが、どうやら正しい数値が出ているらしく…ああ、こういうものなのだなと。ご飯食べたあととか、当たり前ですが体動かした後に体温が上がるというのは何となく理解していたのですが、殆ど安静にしていてもそれだけの体温の上下があるというのは、正直知りませんでした。

 あと、日によっては3回の検温の差が殆どないこともあります。朝の体温が例えば36度台半ばと少し高めに出ると、その後昼も夜もあまり体温の数値に変化がないことが多いですね。体温の波がある日と、一日体温の変化が少ない日との間で、自覚出来る体調の違いは全くありません。恐らく何かの要因があって、それがまさしく「体調の変化」というものなのかなと、少し理解が深まった感じが勝手にしています。どういう事情でその違いが生じるのかは、これからの「研究」に委ねるところですね(笑)。行動も、日々の酒量も、特に違いはないはずなんだけどな…。

 体温計測、記録もとり続けてもう2週間。これからもしばらくは、これまで同様一日3回測って体調をしっかり見守りたいと思っています。

 体調とは違いますが…いま気になっているのが、手肌の荒れ。それでなくても、かなりこまめに手を洗っていた方で、ときどき手荒れが発生していたのですが、いまは手洗いの頻度が更に増していることもあり、手荒れが恒常化。しかも、クリームを塗った後もまたすぐ手を洗ってしまうので、実質クリーム塗って効果があるのは、夜寝る前だけなのかなと。こればかりは、しばらくは仕方がないのかなと。ちょっと以前はヒリヒリして痛みを伴っていたので、それに比べればいまは症状は落ち着いています。こまめにクリームを塗ってケアするしかないわけですが…面倒と言えば面倒。

 まあ、体調的にそのぐらいしか心配事がないとすれば、これは大変幸せなことと言えるでしょう。あっ…あとは太りすぎか(苦笑)。部屋の中で出来る運動メニューを、谷本先生の番組でも見ながら少しずつこなしていきたいです。谷本先生、辛い運動や動きが難しい運動が多くて(笑)、なかなか続かないのですが。

 皆さまも、くれぐれもお体に留意して、ご自宅でお過ごし下さい。

2020年4月19日 (日)

みんな 知らないのかな…??

 木曜日に東京に来て、現在4日目の昼。一昨日金曜日のテレビ出演の仕事も、電話でのリモート出演になりましたので、屋外にいる時間は滞在期間トータルでも1時間ぐらいではないでしょうか。面会人数はゼロ。割り切れば、出来るよねこのぐらいは。その代わり、収入は厳しいですが、私は収入よりも自分の命をとりあえず優先すると決めたので、その精神状況を保てるかどうかを、自分に問うています。

 経済的には、考えなければならないことはいっぱい発生しているのですが、いまこの時々刻々と状況が変わって、もし仮に一応の収束を見るときがいずれあるとしても、それがいつなのか、その後どういう世の中になっているのか、全てが全くわからない。なので、いまは基本的に「全てをステイ」にして、活動だけを大幅に縮小しています。「不安だ不安だ」「政府は何をしてくれるんだ、何もしてくれないじゃないか」とか言ったところで、どうにかすることなんて誰にも無理。出来ることは、とにかく事態を収束させて、「その先」を考えられる状況に、みんながしていくことしかない。たぶん、いまの数倍のひとびとがそのことに気づいたときに、ようやく色んな指標がいい方に傾いてきて事態は収束に向かっていくのでしょう。そのときに、どこまで荒廃した状況になっているかは、見当もつきませんが…。

 

 率直に言って、東京は怖いです。それは、全然気をつけてない人が多すぎるから。

 例えば、自室のすぐ近くの駅前スーパーに行こうとすると、隣のマクドナルドでは店の外まで「ぎっしり」行列が出来てます。テイクアウトの行列なんでしょうけれども、正直「なにこれ?」としか思えない。ドラッグストアや食料品店のレジの前も、並んでいると後ろにピタッとくっついて並んでくる人がほんとに多い。さすがに申し訳ないけれど、「下がりましょう」って言っています。言うと、「あっ」っていう感じで、下がる。チコちゃんに叱られてしまいそうなボーッとしてる人(笑)が,東京には多いっていうことなんでしょうか。

 仕事もね、仕方ないとは言えない状況になってきているけれども…一応「出来る仕事はする」っていうことにはなっているから。でも、休みの日とか自分の時間は、自分さえ気をつければ出来るはずだろうという話です。

 

 もしかしたら…いまメディアで「大変だ」と言われている状況が、伝わっていない可能性もあるのではないかとも思っています。テレビや新聞、ネットニュースであれだけ流してるのに?って思うのは、自分の身のまわりの情報の流れ方が「常識」だと思い込んでいるから。ネットフリックスやアマゾンプライムしか家では見ないっていう人も、世の中には山ほどいますし、精神衛生上などの理由で、そういう情報を敢えて自分から遠ざけているひともいるかも知れません。NHKで毎週、「対策班」の活動を紹介する番組をやっているみたいで、私もたまたま目にするとこれはすごくわかりやすくていい番組なのですが、それを見ている人が全国民の何%いるか、と思うと、それだけで「こうなってるのに、なんでわからないんだ!」と言ったところで、言われた方も「え?そうなの?」となるだけ。特に東京の都市部は普段から、地方ほどテレビに依存していないですから、テレビでやってるのに…って思うことは、すごく危険なことだと思うんですよね。

 知られてないし、取り組まれてないですよ、明らかに。要するに、東京がマズいのは、東京がダメなんじゃなくて、東京は人が多くて多様性も幅広いということ。簡単に言うと色んな人がたくさんいるので、広報もその色んな人たちに向けてものすごく幅広くやらないと、隅々まで届いていかないのではないでしょうか。

 

 例えばなんですが、家の郵便受けのチラシ配り。以前から迷惑だなと思っていましたが、いまこの状況で誰がどういう風に配ったかわからないチラシで郵便受けがいっぱいになっていると、正直私は気持ち悪くて仕方ありません。止めて欲しい、と思いながらゴミ箱にぽいと捨てて手を洗うんですが…これはつまり、チラシで配られてしまうと逃げようがないということですよね。だから、この状況の中でもチラシ配りはなくならない。これを反対の立場から見れば、「テイクアウト始めました」的なチラシを出す人たちは、生活に必死で、個別の家への訴求に効果があると感じているからやっている。そういう「いまだから」という内容のチラシは、札幌でも東京でも最近本当に増えました。…ってわかるぐらいは、どうしても目には入りますからね、すぐに捨てるにしても。

 でね…政府や自治体の広報も、テレビやネットで横着していないで、そのぐらいのきめ細かい活動をした方がいいんじゃないでしょうか。家がない人たちはまた別の方法で広報しなきゃいけないけれど、少なくとも居場所があるひとのところには、情報は届きますよね。単に「こうしましょう」だけじゃなくて、医療現場の現状写真とか、実際に肺炎になって「死にたいと思うほど」の苦しみを味わった人の体験手記とかまで配れば、少し行動は変わると思いますけどねぇ…。 

 他にも、とにかく伝達する方法があるなら、もっといろいろやった方がいい。こういうことをしよう、こういうことはしちゃだめ、こういう場所には行っちゃだめ。「当たり前と思う方法」以外の方法ももっと使ってやかましく言わないと、いつまで経っても状況は好転しないような気がします。とにかくみんな、ボーッとしてますから(笑)。いまのところ。

 

 私のこんな文章は、誰が読んでいるともわからぬ規模と範囲なんですけど…
 みんなでね、とにかく色んな方法で、お互いに「やろうよ」って言わないと、ダメだわ…。

 「不安だ不安だ」「お金が困る」って言ってたって、自分が死んだり、身近な人に苦しい思いさせちゃなんにもなりませんから。
 おうちにいましょ。
 そこから先は、みんなで生き延びてからの話よ。

 まず、みんなで生き延びてからの話……。

2020年4月17日 (金)

電話出演

 事態がこうなる前から入っていた仕事、グリーンチャンネルの番組「アタック!地方競馬」の収録に参加させて頂きました。収録と言っても、今週の放送から私たちゲストはスタジオではなく電話出演となり、私がこの番組では電話出演第1号。せっかく東京の自室に来ていたのですが、その自室に籠もったままで、机に向かって資料を見ながら、スタジオのトークに合わせて私も参加し話をさせて頂きました。

 やはり…楽しいですし、いいものです、仕事は。そもそも人に殆ど会っていないので、「喋る」と言うこと自体がなくなっていますから、今日のような機会があると何だか改めて新鮮な気持ちすら感じていました。やはり、皆でこうして言葉を交わし合うということの、良さ、そしてかけがえのなさというものなのでしょう。

 明日の17時からの放送をご覧下さる皆さまにも、少しでもそうした雰囲気だけでも味わい楽しんで頂ければいいなと、収録を終えて強く思いました。競馬って元々、みんなでわいわい話して楽しむって言う、そういうものでしょ?

 

 そんな仕事の事情で昨日から場所を東京に変えましたが、自室での生活は変わらず。それでなくても当然のことですが、移動している分余計に気を遣い、極力人と会わない生活を継続しています。

 とはいえ…東京で明らかに「活動を控える」ムードを感じることが出来たのは、昨日の羽田空港だけ。そこからガラガラの鉄道で自室の最寄り駅に着いてみると、見た目に人が多いという感じが否めず、札幌で感じていたよりも強い「怖さ」を感じました。

 要するに…人が多いんでしょうね、東京は。取り組みが足りないのではなく、同じ度合いの取り組みでは、事柄を収束させることが出来るほど人出が少なくならない、ということなのではないでしょうか。

 私自身は、来週には札幌に戻る身。どこにいても、ステイ・アットホームに変わりはないのですが、「気にする」向きも一定いることもわかっているので、とにかく東京ではより一層意識して過ごさなければと思っています。東京では、意識しないと人の多い場所や時間帯を避けることが出来ない。そこが意識のポイントなんでしょうね。

2020年4月13日 (月)

「ふれあえない」いまだからこそ 創り出す「ひとびとのふれあい」

 札幌で、食事の買い物以外は自室に閉じこもる日々を2週間近くすごしたあと、この週末だけ帯広に赴きました。近隣への食事の買い物や散歩を除けば、本当に久しぶりのお出かけ。本当はバスでのんびり移動したかったけれど、公共交通機関を使うのも良くないので、今回も自家用車での往復。

 ばんえい帯広競馬の能力検査のYoutube放送をご覧下さり、時間をともに過ごして下さった皆さま方には、心から感謝申し上げます。時節柄、放送を実施すべきかどうかもスタッフ間で真剣に議論し、今の北海道の状況に鑑みての最大限の配慮をしつつ、放送自体は実施させて頂きました。やめよう、ということも真剣に考えましたが、私自身は一つ前のエントリにも書いたように、いま皆で目指しているのは、可能な範囲で動かしながらこの厄災に勝つ、という取り組みだと捉えているから。その結果、現地ライブでの出演が叶わなかった古谷剛彦さんにも電話で出演して頂くことが出来て、この仕事として思い描いていたことは概ね一通り実現させて頂けたと思っています。

 果たして、3月の本番レースの開催日を遙かに超えるお客さま方のご視聴を頂き、本当にありがたく思っています。勿論、一般の観覧客が競馬場に来ることが出来ない、という事情もあったかとは思いますが、それは3月の時も同じ。注目度合いの高いイベントをきちんとライブでお伝えするということに、私たちが果たすべき「使命」は確実にあったと、実感することが出来ました。

 いまの状況がこれからわりあい長く続くとして、その中で何が出来るか、ということにおいては、先月から今回にかけての帯広で本当に色んな経験を積ませて頂きました。多くのお客さま方が、私たちが仕掛けたこの「イベント」にご参加下さり、お客さま方がどういうことを求めているのかということも、すごく伝わってきました。もういまは、この状況でも「何かは出来る」という手応えは、確実に手にすることが出来ました。いまこの状況の収束にある程度のめどが立ったらいち早く、あるいは、この状況の最中であっても、「可能な範囲で」私たちが本来世に出して行くべきものをしっかりと表現して、ひとびとの気持ちと、あと出来れば世の中自体を、突き動かしていければと思っています。

 

 前回のこのブログの書き込みは、1週間前。緊急事態宣言が出ても、「山」は動かず、あるいは動けず、そして色んなことがそれほど「動かなくなる」こともなく、1週間が過ぎました。もう世の中がどうとか、当局がどうとかいうのは、今日このエントリを最後に、止めにします。だめだもん、全然。

 ここまで来ると、最早一人ひとりが「生き残る」ことを真剣に考えるしかないと思えてしまいます。ひとびとの意識は一人ひとり違うとは言え、それをこれだけの非常事態に束ねるだけの「力」が、「案の定」この国にはなかった。

 ほんと…みんな大概にしないとダメだよ……。突き詰めたら、みんな同じ状況なんだから。いのち、ということの前では、みんな立場は同じ。色んな意味で、自分だけ「特別」とは、思わない方がいい。

 無理に自分自身が「大丈夫」だと、思わなくていいから。
 まず自分が「死なない」こと、そしてひとを「死なさない」こと。
 それだけをみんなで考えましょう。

2020年4月 6日 (月)

わたしたちだからできるはずの 「挑戦」のはじまり

 今朝の札幌は、天気予報通り雨降り。さすがに雨が降る中を出歩くのはまだ季節的にも厳しく、朝の散歩は断念。日中は室内で、通常なら「不要不急の仕事」(笑)にあたる作業を、パソコンに向かってコツコツと行っていました。こんな状況でないと手がけない、本当に細かい作業。やり遂げると、普段不便に感じていたことがすっきりするのがこの手の作業で、まさにチャンスと思い手がけました。まあ、このあとこの成果を使うことになるかどうかとか、全くわからないんですけれどもね。もう今は、2週間先のことは自分自身のことでもわからない世の中ですから。

 夕方になり、雨が止んだ頃合いを見計らって外出。今日は平日と言うこともあり、少しでも街の中心部に近づくと人の波にでくわしたり、10人ぐらいの若い女子の集団が街角でキャーキャーとじゃれ合っているのを目にしたりと、まさに油断のならない状況。勿論、雰囲気が変わる前の東京・新宿の街のようなことはないけれど、それでも「やばいよね」と思っていればそれはないだろう、という様を、多数目にしました。もうそんなもの、こちらの方でよけるしかありませんから…極力人気のない方向へと進路を取りながら、1時間ぐらいじっくりと歩きました。

 6500歩。夕方だけで1万は無理かな…。あまり長時間外をうろついているのもいけませんしね。ただ、やはり狭い自室にいるのは体に良くないのか、外を少し歩くだけで全身にストレッチしたときのような心地よさ。多少は気持ち的なものもあるかな。

 

 いよいよ「山」が動いて、一方、いろんなことが「動かなくなる」ときがやってきました。適切だったのか、それとも遅きに失したのかは、この際もうどうでもいいでしょう。

 正直に言えば、私自身も自律的な「覚悟」など一切出来ていなくて、世の中の様子や流れに沿って行動しようと思っている一人。だからこそむしろ、リーダーが「やる」と言っているのだから、この際やらねば、との意を新たにしました。仕事との兼ね合いは依然、もやもやとして色んな踏ん切りがついていないところもあるのですが…それはなんとなく、周囲の流れの方で自然にありようが決まってくるような気がしています。北海道は、「山」の動きからは今回はずれることになりそうですが、ここが踏ん張りどころなのは、この国の中のどこにいても同じはずですから。

 「自粛」の中で、何が出来るか。
 たまたまそれが出来ない国だから、ということもあるかもだけど…
 全部をシャットアウトした国々とは違う、日本だけの取り組みが、いまこれから始まる。
 私はそう思っています。

 それぞれで、健康だけは気をつけて。
 頑張りましょう。

2020年4月 5日 (日)

「巣ごもり」中の健康管理も大事

 かなり時間をかけて調べてみても、お上が何か助けてくれそうな施策の情報には一つも行き当たるものがなく、言われることの殆どがピンとこないことばかりなので、もうニュースを見るのもいやだ!と思いつつ、情報が気になってテレビをつけたりスマホのニュースサイトを見に行ってしまうのは、私だけでしょうか…。真新しい話は何もないんですけれどもね、わかっていてもどうしても。

 

 数日の間は頑張って巣ごもりを決め込んでいましたが、足腰中心に明らかに部屋にずっといることに起因する「不具合」が生じていたので、思い切って散歩に出てみることにしました。人が出てくる前の早朝と、夕方。2回に分けて、家の近所を各々5000歩を目安にうろうろ。日曜日で街中は人出が少なかったこともあり、人が行き交う場所に行き当たってドキドキすることなく、それでもウォーキングの目的は達成出来るようにスタスタと歩いて、少しでも運動になるように努めました。

 やはりね…体は動かさないとダメ。当局が案内するこの間の過ごし方でも、ジョギングやウォーキングはむしろ推奨されているように、外に出ちゃいかんと言われてるわけではないので、きちんと時間や量を決めてこうして体は動かすべきです。私、日頃からのしのしとどこでも歩くタイプなので、1万歩なんて毎日わけなく歩いていたはずなのですが…久しぶりに「動く」ということをしてみると、膝が明らかに疲れてる。ちょっと動かないだけで、人間の体って衰えるものなんですね。まあ、年の分もあるでしょうが…(苦笑)。

 体を動かすと決めると、今度はその時刻を何時頃にしよう、という話になり、自然と規則正しい生活になってくると言うもの。明日の札幌は雪が少々心配なのですが…降ってなければ少々寒くても朝のすいている時間に歩きに出かけようと思っています。

 感染するかどうか、ということ以外の部分での「健康管理」も、きちんと考えないと、ですね。あとの難敵は、酒の飲み過ぎ(爆)。もうひとつ、買い求めてしまったパソコンゲームのやり過ぎ。これは、「大きな子ども」と小さいお子さんがいる家庭は、是非気をつけて下さいね。とくにゲームのやり過ぎは、引きこもりの最中はダメージが大きいみたいですよ。私はすぐに変な疲れが残るようになって、一旦やめてます。

2020年4月 2日 (木)

油断するのは まだまだまだ早い!

 札幌に滞在中、外に出るのは原則1日1回、食事をしがてら食料品などの必要品を買い求めるときだけと決めております。今日も、夕食の帰りにドラッグストアに立ち寄っての買い出しをすませ、一日を終えようとしています。

 外に出れば出たで、気になることはそれなりにありますね。例えば、マスク着用率の低さ。お店で多くのひとびととの接点がありそうな従業員の方に。マスクをしていない方が結構おられて、もう私なんかは見た目に気になってしまいます。もしかしたら、北海道ではそれほどマスクが不足しているということなのかも知れません。ちなみに、いま東京では、公共交通機関の中でマスクをしていない人の姿は、目測ですが1割もいないのではないでしょうか。

 お店での「距離感」もそうで、すいているのにカウンターとかに詰めて座るように案内されると、もう「事柄は終わった」つもりでいるのかと、心配になります。

 先の週末から、東京でも俄に危機感が増してきているのは感じられます。手遅れ、という感じも否めないのですが…その東京よりも対策が下回っているのは良くない。せっかく早い段階から「自粛」して苦労してきたのだから、いま警戒を解くのはそのせっかくの努力を水泡に帰することになってしまいます。とにかく世の中の状況が落ち着くまでは「我慢の鎧」を脱ぎ捨てることなく頑張ってほしいものなのですが…札幌で数日過ごしてみて、この「すでに過ぎ去った感」は意外でした。

 

 NHKの夜7時のニュースでは、見た目にも「そんなにか!?」と突っ込みたくなるぐらい、スタジオを2次元に使って3人のブロードキャスターが縦に並んで出演していました。放送の最後には「ソーシャルディスタンス」というキーワードの特集。どこぞの組織が推奨している「ジャイアントパンダ1頭分」とか「ペンギン2羽分」というのが思わず「クスッ」としてしまう面白く興味深い紹介の仕方でした。

 放送の見た目は現実の距離感と異なることも多いのですが、この見せ方は放送上の見た目のインパクトとしては絶大だったのではないでしょうか。私自身も、これからある数少ない仕事の中で、人から見られてどのような影響を及ぼすか、ということをいま感じている以上に意識しなければならないなと、改めて気づかされました。

 

 台本、書き直さないといけないかもな…。

 それもまた、対策。

2020年4月 1日 (水)

北海道は 緩まぬように…これからも……

 週末中迷って、結局北海道に渡ってきました。昨日から札幌で過ごしています。

 業務連絡としては、来週末まで札幌を拠点に過ごすつもりです。急ぎの郵便物なんかは、東京のいつもの在所にお送り頂く前に一度ご連絡下さい。仕事に関しては、すでに承っているものは勿論、これから承れるものがあるなら、通常営業しております。

 ないでしょうが…仕事のお誘いも勿論、お待ち申し上げております、ハイ!

 

 札幌の街は大変抑制が効いているようで、すすきのの街は閑古鳥すら鳴かないぐらい人が少なく、その分世界の「喧噪」からは少し離れた感じすらします。すすきの交差点は、行き交う人よりも居酒屋の客引きの人たちの方が多いぐらい。東京や名古屋で見てきた状況と比べると、市民が「きちんと自粛」している様子が見て取れます。今日から、営業を休止していたいくつかの施設等が営業を再開したみたいで、こういう動きは全体の状況を見ればかなり心配ではあるのですが…いずれにしても東京に比べたら遙かにまし。是非この状況と緊張感とを、世界の状況が本当に落ち着くまで、北海道だけでもきちんと守り切れれば、まだこの世の中も望みがあるかなと思います。

 せっかくここまで頑張ってきたものを、(自分もその一味である可能性を認識しつつ言いますが)外から持ち込まれたりとか、あるいは自らの緩みで手放すことの内容にすべき。それがまさに北海道の「地の利」だと思うし、真っ先に我慢して苦しんで頑張って手に入れたいまある「平穏」を、自ら手放すようなことだけは是非しないでもらいたいと、心から思っています。

 昨日、中部空港から新千歳空港まで飛びました。搭乗ゲートが、5分後出発の那覇便と隣り合わせでした。那覇便、大賑わいでしたよ、家族連れや若いグループの旅行客で。あれを見たら、沖縄が本当に大丈夫かと心配になります。札幌便は、旅行客とおぼしきひとびとは殆どいませんでしたが…これから温かくなってくれば、わかりませんよね。今日もテレビのニュースで、三重から来たという観光客がインタビューに答えていました。いまこの状況で旅行で移動するとか、私には本当に意味がわかりません。

 そういえば中部空港も、飛行機に乗る客ではない家族連れとか年配者とかが、ターミナルの飲食店などに滞在していました。空港みたいに色んなところからのひとびとが行き交う場所が一番危ないっていうことが、わからないんだろうか…。

 私は、札幌にいる間、自室で仕事の日まで大人しく「仕込み」に専念するつもりです。外に出るのは出来れば、これまでお世話になってきたいきつけの飲食店に「支援」の意味で食事に出るときだけかな。今日までに何軒か回りましたが、どのお店も全くお客さんがいないなかでも粘って営業しておりました。

 ほんと…みんながみんな、頑張りどころ、だよね…。

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