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2020年6月

2020年6月30日 (火)

思い抱き続けて ついに…

 そういえば…一昨日日曜日は、東京の自室に戻ってから競馬の宝塚記念の馬券を即興で買ってテレビで観戦。それに続いて、ボートレース宮島で行われていたSGグランドチャンピオンの優勝戦もネットで観戦しました。

 優勝は、静岡の徳増秀樹選手。いま、将棋界で「最年少タイトル獲得」が話題になっていますが、徳増選手はそれとは逆に、ボートレース界の「遅咲き」記録第5位。45歳6ヶ月で初のビッグタイトル獲得となりました。長らくトップクラスで活躍を続けて…と、記録を見て記事にするとそんな感じなんでしょうが、恐らく彼の中では山あり谷ありをものすごく長く繰り返してきて、そのたびに様々なことを思い巡らせてきてここに至ってきたのではないかと、勝手に推察しています。

 

 私がまだボートレースの仕事に携わらせてもらっていて、ピットでの取材の仕事をしていた頃のこと。とりわけ彼がそんな「山あり谷あり」の不遇の最中にあるときほど、作業の合間に彼と長く話す機会に恵まれ、そしてたくさんのことを教わってきました。これは取材者の方は皆さん感じておられると思いますが、彼は話してくれるモードに入ると、何とか考えて言葉にして、伝えてくれようとするタイプのひと。自身のいま、周囲の様子、そして、プレーとしてはプロとしてのありようなどなど…あげればキリがないぐらい。私は取材のメモをあまり取らない主義なので、そうしたことが記録としては殆ど残っていないのですが、この日記とかその他の場所に彼のことはいくつかきっちり残されている。そのぐらい、私にとっては彼の言葉に耳を傾けていた時間が、印象に残っていたということなんだと思います。

 もう10年も前のこと。彼がフライングのためSG出場停止期間を過ごしていたとき、平和島の一般戦に登場した彼は、節間ずっと緊張感を身に纏ったまま、余計なことは殆ど語らずレースに集中。主役として挑んだそのシリーズを見事優勝しました。優勝したレースのあと、インタビュールームに微かな安堵の表情を浮かべつつ姿を見せた彼は、そこでのインタビューでようやく思いのたけを話してくれました。そのシリーズのこと、そしてそのとき出られぬ状況だった、ビッグレースのへの思い…。

 

 「強くなりたい」

 インタビューの最後に、そう話した彼。キャリアとしてはこの時点で中堅以上の域に達していた彼が話した、とてつもなくシンプルな思いが、ずしりとした重みを持って伝わってきました。

 

 それから、10年。
 思いを持ち続けて、続けていくことのかけがえのなさ。
 いままた彼から、大切なことを教わりました。

 徳増選手、優勝おめでとうございました。

 

 今日は朝一番の飛行機で、すでに北海道に飛んできました。いまは久しぶりに来た苫小牧のイオンモール内のスタバで、コーヒー飲みながら時間調整中。これから移動して、門別競馬場に取材に出かけてきます。雨模様なんですが…予報通り、レースを行っている間は何とか天気は曇りでもってくれるかな?

2020年6月29日 (月)

ひととのつながりのありようを探りつつ、時を重ねて

 ひとつ前が学術書で読むのに時間がかかっていましたが…小説はさすがに、読み始めると一気(笑)。ゆうべ、途中でやめられなくなって、明け方までかけて読んでしまいました。

 

 『対岸の彼女』角田光代

 直木賞の受賞作。受賞したのは16年前ですか。書店で手に取ったとき、タイトルかな…何となく憶えがあるような気がしつつ買い求めて、もしかしたら読んだことあるかなと恐る恐るページを繰り始めましたが、全くの初見でした(笑)。

 テーマは、人との出会いと関係性。そしてそのありように心揺らぎながら流れる人生の時間の中の、ひとびとの姿。

 ふたりの女性の、異なる時間での視点。独特の物語の進み方が興味をそそりましたし、精緻な表現を重ねながらもストーリーがダイナミックに流れていくところも、読み手を引き込む力になっているように感じました。

 

 私自身も、人との付き合い方や関係について、周囲からは「独特」だ(これはよく言えば、という表現ですね、笑)とずっと思われたり言われたりしながら、人生ここまで過ごしてきました。そういうことで、人並みに苦労もするけれど、一方でそういうことのありようから、距離を置いていた部分もあったような気もします。

 作品中の登場人物・ナナコの言う「たいせつなもの」がどこにあるのか。ハッキリと見えていた、あるいは見えているわけではないのだけれど…それがわからずに、焦る、ということもなかったかなと。

 だから、つるまないんだよね、あんまり(苦笑)。

 こういうことを書いて、目にした人からどう思われるのかもよくわかりませんけれども、それを気にせず書いてしまって、「だからお前はダメなんだ」と、色んな人たちから言われてきました。書いていることも、そしてありようそのものも。そういうことがまったくピンとこないまま生きて今に至る私が、ここにいます(笑)。

 

 ストーリーとして面白かったうえに、自分にとって深く考えるべきことがテーマになっていた、いい作品でした。そう…こういうことが「いい出会い」だってことは、いまはわかるようになっているかな。人との出会いではないけれど。

2020年6月27日 (土)

また生きて、次のこの日を迎えられるように

 若さというものが失われてくると、あるところからは誕生日が疎ましい、と思うようになるというのは、誰しも一度はおぼえがあるのではないでしょうか。

 私も、40になったあたりまではそうでした。しかし、9年前の誕生日から、その気持ちは自然に改まりました。誕生日を、また生きて迎えられた。こんな素晴らしいことはないと。そんな1年1年を積み重ねて、また誕生日を迎えることが出来ました。

 

 例年、私の誕生日には、ご厚意に恵まれ競馬のイベントを企画・実施させて頂いてきました。今年はそのような機会は勿論作ることが出来ず、昨年までのようにお客さま方とご一緒に過ごせなかったことを、本当に残念に思っています。

 ただそのかわり、仕事が何も出来なくなったおかげで、競馬は行われている週末にもかかわらず一日遊んで過ごすという、ここ10年単位で記憶にないような誕生日を過ごし、「今年も生きて迎えられた」という実感をまったく別の形で味わうことが出来ました。

 

 ということで、今日は名古屋で車を借りて、美濃方面へドライブ。途中で関市の板取という山間の地域を訪れ、更に郡上八幡まで足を延ばしました。行く先々で、木々の緑、そしてアジサイの様々な色、そして澄んだ水に咲くハスの花を楽しみました。どこに行っても思いのほか多くの人が出ていたのには少々驚き、巧みに人の波を避けながら時を過ごしました。

 今年は、仕事全くなしの誕生日。こういうこともまた、巡り合わせなのだと思います。

 

白のアジサイの花言葉「寛容」

ハスの花言葉「清らかな心」そして「雄弁」

 

 心にとめつつ、またこれからの1年を頑張っていければと思います。

 今後とも、皆さまのお力添えをよろしくお願い致します。

2020年6月25日 (木)

若者 子どもに だまされるな!

 テレビのニュースを見ていたら、東京都内のある小学校の教室の様子を特集で伝えていました。子どもたちの机一つひとつに、前と横が透明のシールドになったついたてを置いたという話題。特集のタイトルには「子どもたちを守る」と掲げられ、取材を受けた学校の先生も同様のことをインタビューで話していました。

 私は、その映像を見てびっくり。いま東京の学校の教室って、見た目に「密」の象徴みたいな状況になっているんですね。前後の机の間隔は1mがいいところ。それが縦横に並んで30人か40人か…そのぐらいの数の生徒が教室で一堂に会して授業を受けているさまは、「新たな日常」にかなっているとはとても思えない光景でした。どこでもそう、とは思いませんが、それをテレビで放映するぐらいですから、都心に近い地域の学校はどこも似たような状況なのだろうなと、推察しています。

 

 正直、学校ではもっときちんと気を配っていると思っていました。恐らく、諸般の事情で登校の再開を推進せざるを得なくなった結果なんでしょうね。今日のテレビの映像を見たら、正直「これはやばい」という印象しか持ちませんでした。ここにウイルスが入り込んだら、広まるなと。

 うちは子どもがいないので気を遣う必要はありませんが、私だったら学校に子どもやらないな。子どもの安全よりも、帰ってきた子どもが媒介して家族全体で感染するのが怖すぎる。子どもは発症しにくくても、大人や年配者は発症して、偉いことになる可能性もあるわけですから。そもそも、大人でも「新たな日常」のルールを守れず、感染が広がっているというのに、子どもたちがルールを守って感染拡大防止出来ると思う方がおかしいと思うのですが…。なぜ子どもだけは「信じる」のかがわからない(苦笑)。

 

 恐らく、観点が間違っているんだと思うんですよね。「子どもたちを守る」っていう考え方が。それは確かに、学校にとっての目標としてはあるべきだと思うのですが、それを社会のスローガンみたいに伝えることは、耳障りはいいけれど、社会の感染拡大防止には寄与しない。今の状況は、子どもをダシにして「大人もこのぐらいは大丈夫」的なムードを大人自ら創り出そうとしているのではないかと、そのぐらいのうがった見方すらしてしまいます。

 「学ぶ機会」の議論もそう。死者が出るような病気が流行している現状の打開と、子どもの「学ぶ機会」の確保とで、どちらを取るのか。それは社会が決めなければならない。二択ではないにせよ、二律相反する部分があるのは間違いない。そのときにどの方向に進むのか。そういう議論が余りにも欠けているように思います。

 

 これからのポイントは、子どもですよ。間違いなく。大人が色んな意味で「だまされやすい」ということも含めて、子どもがこれからの感染拡大防止のカギになる。子どもを知らず知らずのうちに、例えば大切な年配の家族に害を及ぼす存在にしないために、真剣に議論してもらいたいものです。

2020年6月24日 (水)

子どもたちや、若い人たちの「経験値」のなさは如何とも…

 先週、数日前、札幌にいたときのこと。

 札幌駅近くのあるフードコートで夕方にコーヒーを飲んで一服していたところ、高校生と思しき男女10数名が、集団でどやどやとフードコートに入ってきました。入ってくると、席があるだのないだのと声高に話しながら、ソーシャルディスタンシングで使用停止にしてある場所も無視して密集して着席し、一緒に着席しきれない男の子たちはそのあたりに屯してわいわい。向かいの席への飛沫防止のためのアクリル板を取り去ったりして、もうやりたい放題(笑)。マスクもせずにあまりにもずっとぺちゃくちゃと大声でおしゃべりしているので、これにはさすがにたまりかね、というか身の危険を感じて、残りのコーヒーを一気に飲み干してその場を離れました。

 見たところ、普通の高校生ですよ。悪いことしそうな雰囲気は全くない子どもたちで、たまたま学校の帰りにみんなでどこかに寄る流れになったんでしょう。まあ、「かつての日常」の中なら、多少やかましいけれどそれもまた「賑わい」と、何も気にならなかったと思います。ただ、いまはダメ。怖すぎる。その子どもたちが、じゃなくて、そこに近づいて感染するリスクが怖い。注意も出来ない自分も情けないといえばそうなのですが、明らかに「気をつけていない」人は、こちらから構うよりも務めて距離を取らないと、自分の身が守れませんから。その場を離れるのが、自分なりの精一杯の「感染拡大防止対策」。

 

 いま、色んなことが「解禁」みたいな話になっていて、子どもとか若い人たちほど「ようやくだ」という意識も強いのかも知れません。若いだけに、仕方がないことだと思うんですよね。以前も一度書きましたが、彼らはやはり若い分だけ「経験値」が少ないことと、それに伴って「発想力」が乏しい。だから、いくら言葉で「無症状でも感染源」と説いたところで、そのことの意味はなかなか理解されないのではないでしょうか。自分たちの行為というか無作為が、世の中に重大な影響を与える可能性がある、ということが。繰り返しになりますが、これは無理もないことです。

 恐らくこれからは、そのように「経験値」の低い子どもたちとか若い人たちが、感染拡大の大きな原因になるんだと思います。子どもたちや若い人たちが「新たな日常」を理解するのは、難しいですよ。実際、今週町で姿を見ていると、学校終わりの子どもたちはマスクを含めて気をつけていない人が多いですしね。学校では先生方が気をつけさせていたとしても、学校から離れたところまではケア出来ないわけで、ケア出来ないところで相互に感染を広げているとしたら、家族とか、学校とか、遊びに出かけた先とか、色んな所にリスクは拡大してるのではないかと思います。うちは子どもがいないのでまあ「幸い」ではありますが、子どもさんがおられる家庭では、そういうことは気にしないんだろうか。

 

 ここまで書いたところで、かけ流しのテレビから「ニュース速報」のチャイム音。東京での感染確認数が55人ですか。

 いよいよ、自分は「更地」にいるんだと、一層しっかりと腹をくくって物事考えないといけないみたいです。こんなことが続いて行くんじゃ、過去やっていたことはもう「何一つ戻ってこない」と考えなきゃいけないみたいなので。

 もうちょっと、楽して生きたいんだけどな…(苦笑)。

2020年6月23日 (火)

動き出せるか…??

 もう少し長く北海道に滞在することになると思っていましたが、東京の方で諸事細々と発生しそうな雰囲気になり、一旦帰京することにしました。

 

 新千歳空港はまだ閑散としていますが、いざ搭乗ゲート前まで進んでみると、それなりにひとが集まり、少し以前とは様子は変わっていましたね。機体は、3人掛けの真ん中席は全て空けられていましたが、それを除くとほぼ満席の状態。確かに人は動き始めているのだと言うことを、実感しました。

 到着した成田空港の方は、まだまだ新たな日常には嵌まっていない感じの風景。第3ターミナルは国際線の発着がゼロ。国内線も便数は大分少なくなっていて、ターミナルの中は到着便から降りた人たちがそれぞれの行き先に散らばると、殆ど人がいなくなりました。出発ロビーのフードコートに行くと、丁度お昼時とあって食事をする人の姿がちらほら。よく見るとその多くが、通行証を首から提げている空港内の従事者の皆さんでした。このような状況の中でもこの場所を守り続けている人々は、いまどんな気持ちでそこにいるのだろうか…ランチのシーンはこれまでの日常と変わりませんが、仕事の中では思うところもあるのだろうなと。「ヒマだからラッキー!」って思っている人は恐らく僅かで、このように世の中の大きな変化を肌で感じ、そしてこれからのことも考えているのではないかと、勝手に推察しています。

 ところで、成田空港の第3ターミナルでは、新千歳でも羽田でもほんの一時期しか行っていなかった検査場前の検温を、いまでもしっかり行っています。それだけでも、感染拡大には相当な効果があるような気がするのですが…どうしてやらないんだろうね。私権を尊重しすぎというか、「言って聞かせることが出来ない」世の中の不便さみたいなものが、いま様々なところ様々なシーンに表れているような気がします。

 

 帰りがけ、挨拶回りの一環で、かつてイベントをやらせてもらって大変お世話になってきた公営競技の場外発売所・サテライト成田に立ち寄ってきました。この場所でお客さまが楽しむ競技のうち、オートレースと競輪の発売が再開されていて、競馬は先週金曜日から再開。出入り口も、そして館内も、感染拡大防止対策が「物々しいほどに」行われていて、スタッフの皆さん方が神経を使って運営に当たっていることが見て取れました。かつての日常が戻る見込みは今のところ年単位で立たないところで、この場所の「これから」に思いを巡らせておりました。かつての方法で手伝っていくことはまず諦めざるを得ないなかで、何か別の形で出来ることがあるのかどうか。それはまだ、これからの話。

 今日はそのほかに、リモート会議が1件。これから形になっていきそうなことの「きっかけ」が生まれつつあるのは、生きていく望みと勇気になります。頑張らないと。

2020年6月22日 (月)

私は依存症じゃないわ…たぶん

 3月上旬に在宅生活を余儀なくされる際に、「何も出来なくなるなら、これを機会に」とばかりに買い集めた本が、全部で5冊。これに「積ん読」状態だった本2冊を含めて、7冊のノルマを課しておりました。しかし、文庫本の小説2冊を軽快に消化(笑)したところまでは良かったのですが、そこで思い切って「積ん読」状態だった人文系の書物に手をかけたところ…これがやっぱり高い壁でした。それはそうですよね。だから「積ん読」状態だったわけですから。

 でも、チャンスは今しかないとばかりに、頑張って読み切りました。

 

『デザインされたギャンブル依存症』
(原題「Addiction by Design Machine Gambling in Las Vegas」)
ナターシャ・ダウ・シュール著 日暮雅通訳

 

 とかく、賭け事をする人の「意志」の問題とされがちなギャンブル依存症の問題を、科学的かつ実証的に捉え直すことにより、これまでにない切り口で捉え直そうと試みた書。文化人類学者である著者は、「問題のあるギャンブラー」の性向に着目するだけではなく、古典的スロットマシンの世界から始まるアメリカにおけるマシンギャンブリングの歴史を丁寧に紐解き、ギャンブル業界が推し進めるところの、マシンギャンブリングを巡る「技術」とそれが提供される「環境」の進化が、「問題のあるギャンブラー」とされる人々をいかに「ゾーン」と呼ばれる依存状態に導いてきたかを探り出します。

 

 読むとですね…まず、例えば日本で言う公営競技と、ブラックジャックみたいなテーブルゲームと、いまカジノに行けば無数に並んでいるスロットをはじめとしたマシンギャンブリングと、それぞれが「どう違うか」ということが、明確に理解出来ます。理解出来ると言うことは、説明出来る。どれがいいとか悪いとか言うと角が立ちますが、どういうギャンブルが依存症に「なりやすいか」ということは、科学的に説明出来ることなのだということが、この本でわかりました。

 それだけでなく、これまで何となく漠然と「依存症」と呼ばれていたものの正体が、ある切り口においてはとてもわかりやすく掴めたような感覚を得ることが出来ます。単に、ギャンブルをする人の意志の強さ弱さとか、依存症から脱出しようとする人の「気合い」みたいなものの問題だけではないなと。これは当然、ギャンブル依存症が社会に与える影響をどのようにコントロールしていくか、という方法論にも繋がっていくはずです。

 あとは…この本を読むと、私はギャンブル依存症ではないなと(笑)。実証研究も丁寧にされているので、実際にアメリカの「ホットスポット」で「問題のあるギャンブラー」がどういう感覚に囚われているかと言うことも、インタビューの結果という形で実にわかりやすく伝えられています。

 

 書かれたのは8年前。翻訳が出たのが2年前。内容に、全く古い感じはありません。私はラスベガスに出かけたことはないけれど、マカオやシンガポールのカジノで見てきたことが、「ああ、そういうことだったんだ」とストンと腑に落ちる感じがしました。

 政治家の皆さん方も含めて、巷で話題のIR誘致に関わる方は、推進する側の方も反対する側の方も、この本は絶対に読むべき。昨今の情勢で事柄がどうなるのかは不透明になりましたが、それでも今後も議論が続くとすれば、こういう研究と議論こそが必要なのだと、この本を読んで私は確信しました。

2020年6月21日 (日)

生き方の「重心」を少しずらすだけで楽

 札幌滞在中。昨日今日の2日間は、どこに出かけるでもなくデスクワークをゆっくりこなして過ごす週末。合間に食事を作って食べたり、少し横になって休んだりと、よく言えばのんびり、自分のペースとしては少々怠惰な時間を過ごして、週末は過ぎていきました。

 

 週末に、競馬の仕事もなく、競馬場に取材に行くことも出来ず、別の競馬のデスクワークはしていても、JRAの競馬に関することは殆どしない週末が、もう随分続きました。取材に関しては、またどこかの段階でお認め頂けるのかどうかも全くわからず、そして競馬場での仕事に関してはもはや「それはもう突然消えてなくなった」という認識でいて、仕事上の接点の作りようがないだけにどうしても縁遠いものになってしまいます。

 本当に時間がガラガラに空いていればテレビ観戦はしますし、馬券は以前より「相当程度」少額になったとは言え、買うことは勿論出来ますししています。しかし、今のこの状況になってみると、「仕事のためでもある」というモチベーションをかつて持つことが出来ていたときと比べれば、関わり方の差は明白。正直、自分の中でもどうしようもないなという諦めの気持ちは拭いようがありません。

 もうこの数年の間は、仕事の上でのとても大きな「不本意なこと」が2年に1回ぐらいのペースで連続してやってきていて、いまここ(笑)。流れがいい方に変わりそうになると、また邪魔が入るか…という感じ。その「不本意なこと」で生まれた隙間を、いくつかの方面の方々の温情のおかげで何とか埋めて粘ってきていただけに、いまはとりわけ週末になると、何て言うか…力が入らない、といいますか、気持ちの所在なさがつのります。

 

 まあただ、そういうことも、生きている時間の中での「巡り合わせ」なのでしょうね。50年以上生きてきての、ほんの数年の話ですから。「この先はきっといいことあるよ」というところまで根拠のない前向きさ(笑)を持つのはさすがに無理ですが、生きていく、時間が流れていくっていうのはきっとまさにこういうことなんだろうなと、自らを落ち着かせようとするぐらいのことは出来るようになってきました。

 今日なんか、午前中から、そもそも年に1回か2回ぐらいしか行かないパチンコ屋さんに、散歩の帰りに立ち寄ったりしてみましたし、競馬のレースをやっている時間帯に、風呂に入って小説の文庫本開いたりしてますから。競馬が中心の生活、と思わないようにすれば、週末に何したって別におかしいことでもないですしね。

 

 ちょっとだけ、生きて時間を費やす際の自分の中の「重心」をずらしてあげるだけで、見えてくることや考え方に変化が生まれて、楽になるのかなと。最近は、そんな気の持ちようで暮らしているみたいです、わたしは。

2020年6月19日 (金)

禁が解かれた「その先」

 いつからかにわかに、6月19日が「Xデー」みたいな話になっていき、そこから「全て解禁」みたいな雰囲気が醸成されていきました。プロ野球が始まるから、というのは確かに決して小さくはない話題ではあると思っていましたが、例えば、この日を境に「どこに出かけてもいいです」っていう話にいつのまにかなっていたことは、私は知りませんでした。せいぜい「移動しないでくれとは言わない」ぐらいの話だと思っていたのですが…テレビなどの報道を見ていると、どうやら違った模様。正直、すごく違和感があります。そもそも、「何も禁じられない」という建前の中でみんなが苦労して、今の中途半端な状況があるのに、「解禁」ってこと事態がおかしくないですか?

 私自身の身の上には、大変残念ながら、何も前向きな変化は生じておりません。限られた範囲で出来る僅かなことをやって凌ぐ日々の中で、また同じように一日が終わりました。何かが「解禁」になり、その裏返しで何かが出来るようになったなどということは現実に起きていないし、感覚的にも全くないかな。なので、世の中がはしゃいでいる様子を目にしたり伝え聞いたりすると…かるく腹が立ちます(笑)。

 何かを喜び、はしゃぐような状況が本当に世の中に起きているのかと思い巡らせるのですが、正直本当にそんなことが起きているということを感じられることがない。実際、世の中がはしゃぐほど前向きに改善してきているのだとしたら…自分は相当取り残されすぎているなと、深く反省しなければならないのでしょうね。

 

 私以上に「やれることがなくなった」という方も確実にいて、そういう方の中の多くもまた、今日何かが突然出来るようになったわけではないはず。この様子だと、いずれそういうひとびとを世の中は「振り落として」進んで、あるいは進めていくつもりなのでしょうか。

 いま考えられているような、旅行とか食事とかの「リア充」需要をちょこっと「○○券」みたいなもので喚起して立て直す、っていう作戦、本当にうまくいくとはどうしても思えないんですよね。そんなことで助けられるほど、傷が浅くもないし、また地域とか業種の限られた狭い範囲の話でも済まないと思いますから。そんなことでまごまごしている間に、助ける側の人たちの「体力」がもつのかと。

 助ける側は個別に「少しでも役立てれば」の取り組みで勿論OK。でも、物事考える側の人たちは、「リア充」部分だけではなくて全体を見て「それで動くのか、回るのか、足りるのか」ということまで考えてもらわないといけないよね。いま考えていることの「その先」の作戦は、はたしてあるんだろうか。

 

 夜は、すすきのの街に出てひとりで食事。外から様子が見て取れる飲食店のザッと8割方が、とても繁盛しているとは言えない状況でした。入ったお店のひとつは、ソーシャルディスタンシングをきちんと行った結果、入れる客数がおよそ半分。これ、「満員」になってもやっていけないでしょ…と心配になる有様でした。交差点では、客引きの方が多いという状況は相変わらずですし、中心からふた筋ぐらい離れた通りは、夜の7時8時ぐらいの一番繁盛すべき時間帯に、人影がまばらでした。

 「解禁」なら「解禁」でも、まあいいや。
 でも、禁を解いただけで、自然に何かがうまくいくなんてこと、ないよ。

 禁を解いたその先で、何かが起きるように…世の中のはしゃぎように惑わされることなく、勿論これまでのやり方に囚われることなく、みんなで動いていくための「力」になるようなことに取り組んでいかなきゃいけないのかなと。

 そんな風に余計なことを考えすぎてしまう頭を、飲む方のアルコールでうるおしほぐして、「解禁」の金曜日の夜が更けていきました。

2020年6月18日 (木)

地域との「縁」を感じつつ 活きる

 昨日今日と、2日続けて門別競馬場の取材。今日は、ナイター競馬が始まる午後までの時間が空いていたので、競馬場からは車で40分ぐらいのところにある隣町の平取(びらとり)町まで久しぶりに足を運んでみました。

 平取といえば、アイヌの里、義経伝説の里、そして小さな町なのですが、肉や野菜などの農産物に様々な名産品があって、日高地区の中でも独特の雰囲気を醸し出している場所でもあります。馬産も盛んで、あのオジュウチョウサンを生産した坂東牧場の拠点はこの平取ですし、桜花賞を勝ったレッツゴードンキや古くはメイセイオペラなどの活躍馬が、この地から生まれました。

 私は、随分以前にご縁を頂き、この平取で毎年馬産関係のイベントとして行われてきたサラブレッドの品評会のお手伝いをしてきました。丁度6月のこの時期に毎年行われていた品評会もまた、今年は昨今の事情の影響を受けて中止。そんな時期と言うこともあり、また丁度この場所で時間を作れたということもあって、訪れてみることにしました。

 

 雨の中、のんびりと車を進め、遠くに連なる山々や、国道に沿って流れる沙流川の河岸の風景を眺めつつ行くと、なんとも心穏やかな気持ちになれるのが、この道のりの不思議なところ。市街地に入ると、見慣れているけれどちょっと久しぶりの街の姿に、そのわずかな時間の間に起きた様々なことが改めて心の中に思い起こされました。それでも、またこの街に来たなと、そんな感じ。

 この場所を守る神社・義経神社に足を運びました。鳥居の脇に車を止めて、やや急な石段になっている短い参道を踏みしめながら、森の中を一歩ずつ社へと歩を進めると、そのときだけ別世界の中に入っていくような感覚。まだ雪が積もる2月にこの場所で行われる「初午祭」で、多くの人々が矢を奪い合う賑やかな雰囲気思い出しつつ、平時のこの場所が湛える静寂を楽しみました。またこの神社を訪れて、場所との間の縁を感じることが出来ただけでも、何だか勇気づけられる気がします。それで何かが起きるわけではないけれど、ちゃんとまたこの場所に来ることが出来たなと。生きて時間を過ごしたという実感、とでも言いましょうか。

 更に少し山の方に車を進めて、平取町を象徴する場所のひとつである「びらとり温泉・ゆから」も久しぶりに訪れました。地元の方々に親しまれ、折に触れて多くのひとびとが集うだけでなく、近隣の観光の拠点としても外来の観光客も集めてきたこの場所。気持ちのいい温泉だけでなく、平取産の豊かな食材を利用した食事も素晴らしく、毎年お手伝いさせて頂いてきたイベントは、この「びらとり温泉・ゆから」で行われてきました。今回は、札幌を出るときからこの場所を訪れる気満々だったので(笑)、持参してきたタオルセットを抱えて日帰り温泉へGO。ゆったりのんびりの温泉タイムと、くつろいだあとのランチに平取和牛のステーキ丼を頂きました。

 そんなふうに、ひとびとが集う場所だから…この場所でこれまでにお世話になってきた方々とも、思いもかけずたまたまお目にかかることも出来ました。いまは再会を喜ぶことしか出来ませんが、それでもそうしてまた改めて構って頂けることは、有り難い限り。

 お目にかかった方々と、様々な話もしました。話の中では、こうした小さな地域の産業のこれからへの心配が募っている様子が感じ取れました。この「びらとり温泉・ゆから」も、宴会需要や遠方からの宿泊客はなくなり、地元の方々がいつも通りに訪れ集い、それで支えられているとのこと。あとはこの場所の名産品が、これからきちんと消費地に届き売れていくのかという心配は、まさにこれから。口を開けば、どこに行っても誰と話しても「不安」しか出ない状況ではありますが…そうした話を聞けば、お世話になった地域や人々に恩返しすることで、いま行き詰まっている私自身も「活きる」ような何かを、創り出すことは出来ないものかという意欲もわいてきます。

 またきっと訪れて、何か地域のお手伝いが出来るときもあるだろうし、そういうことを考えていこうという、何か漠然とした「力」というか「意欲」というか、そんなものがわいてきたかな。これから出来そうな様々なことに思い巡らせながら、「縁」というものの有り難さを噛みしめつつ、平取をあとにしました。

2020年6月17日 (水)

場所に集う人々も 少しずつ…

 競馬の世界では、競馬場から離れた場所にあって馬券を発売する場外発売所から、一部可能な場所から、本当に「そろり」と再開しつつあります。今日は、道営のホッカイドウ競馬が運営する場外発売所が営業を再開。かつてイベントの実施などお世話になっていた石狩市と札幌駅前にある場外発売所を訪れました。

 石狩の場外発売所は、競輪とオートレースの営業が先に再開していて、今日はそれに加えて競馬も再開という形。ナイター開催のため14時の発売開始でしたが、それを待ちかねるようにお客さま方がひとりまたひとりとその場所に集いました。

 私のイベントを楽しんで下さっていた常連のお客さま方のお顔も、久しぶりに拝見することが出来ました。お客さま方同士でこの場所での再開を喜び合う中に私も入れてもらって、しばしの間「これまでのこと」の話の花が咲く。「3ヶ月間、お金使わなくて済んで良かったよ。またこうやって来ちゃったけどな(笑)」なんていう声を聞くと、ああ、やはりこれも「一歩」には違いないのだと、改めて思います。

 

 正直、感染拡大防止対策は大変厳重で、マスク着用や入場時の検温、手指の消毒、入場者数の制限とソーシャルディスタンスの確保なんかは当然のこと、お客さま方が使う出走表やマークシート、鉛筆の類いに至るまで、事細かに研究を重ねた対策が敷かれています。お客さま方には大変な不便不自由の中で楽しんで頂くということになりますし、私たち楽しんで頂く側からすると、たとえばこの状況になるまえに行わせて頂いたような形でのイベントをこの場内で行うなどということは、今後年単位の長い期間にわたって不可能だと思います。そのぐらい、競馬の業界挙げてかなりの緊張感を持って取り組んでいます。

 恐らく、巷で再開しつつある様々な物事とは異なり、「ひとりも感染者を出さない」ということをイメージしているのではないでしょうか。それが現実的なことかどうかはなんとも言えませんが、とにかくそれを目指してる。これまでの世の中の状況を見れば、そうでなければ続けていくことを社会から許して貰えないのではないかという「危機感」が転じてのものなのかなと、私は思っています。例えばパチンコ業界は、きちんと取り組む前から頭ごなしにやられてしまいましたから。

 

 私としては、お客さま方の姿を見てのうれしさが8割。やはり人々にとって何かを契機に集まるべき「場所」というものは、いくらネットで色々出来るようになってもなくなることはないのだ、ということを再確認出来て、それはこれからにとっても大きな収穫でした。

 あとの2割は…正直、これからどうするかなと(苦笑)。これはやはり想像していたとおり、当分の間、今までやっていたことはもうどうにもならないなと。

 8割のエネルギーの方は勿論なのですが、あとの2割の「もやもや」も、そこから何か新しいことを思いつき取り組んでいくための原動力に出来ればと思っています。案の定、出かけて目で見て、気づいたこと思いついたこともいくつかはありましたので。

2020年6月16日 (火)

私は驚きました 東京0.1%

 今日は札幌駅近辺に用事があり、自室からてくてくと歩いて出かけました。最近はこうして出歩くことが少なくなり、スマホについている歩数計の数字もなんとも寂しい限りでしたが、今日はようやく8千歩余りを稼ぐことに成功。目標の1万歩には達しませんでしたが、先週名古屋競馬場で久しぶりの「案山子取材」(笑)をして以来の歩数に、「以前は毎日こんな感じで歩いていたよな」という懐かしさすら感じます。

 外出が出来ない期間には、巷では「自粛太り」なんていう言葉も聞かれていました。私も2kg位は増えているかな…食べる量はかなり気をつけているつもりでも、やはり動いていない分は如何ともし難いですね。人によっては、ストレスで食べ過ぎ飲み過ぎ、という方もおられるようで、社会の様子がなかなか従前の通りには戻らないので、まだそうした「健康リスク」には気をつけなければいけないのかも知れません。

 腕立て伏せとか腹筋とか、スクワットとか、出来る範囲では続けています。元々筋力はないから、大した回数じゃありませんけれども。在宅の時はラジオ体操とともに毎日。これまでですと、そういった運動のための努力は文字通りの「三日坊主」に終わっていた私も、さすがに今の状況では「やらねば」の気持ちの方が強く働き、この3ヶ月ぐらいの間ほぼ毎日続いています。筋力がついた、という手応えは特にありませんが(笑)、体を動かしているだけでも保てている健康はあるのかも知れぬと、そこだけを頼りに続けております。

 これから動き出すにしても、「健康第一」は間違いないですから。仮に忙しくなり始めたとしても、続けていければ大したものだと、自分を励ましながらやっていこうと思っています。

 

 今日は昼前に自室でパソコンを叩いて仕事をしていたところ、サンプルを抽出しての抗体検査の結果が「東京で陽性0.1%」というニュースを目にしました。正直、私は「えっ!?」という感想だったのですが…皆さんはどう感じましたか?

 午後に外出した先で、まだそのニュースをご存じなかった幾人かの方に話し、感想を伺ってみました。やはり皆さん、私と同じ感想。

 

「もう、みんなかかってるんだと思ってた」

 

 実際、当局リーダーとか専門家のひとたちからも、そう言われていましたよね。若い人たちなんかは、感染しても無症状のまま終わっているのだと。私なんかは、「全然話が違うじゃん」と感じたのですが…どうなんだろう。夜、ニュース番組なんかで詳しく解説されているかと思いきや、さらっとしか報じられていませんでした。また例によって、都合のよくないこととかよくわからないことは「見て見ぬふり」なのかな?

 私は、怖いですよ…至る所で感染者は見つかっているわけだし。これからみんな動き出すわけだし。「自分は大丈夫」っていう自信を持って行動出来る人たちが、ある意味うらやましいです。

2020年6月15日 (月)

「そろり」動き出して…

 昨日の夜のうちに帯広から札幌まで帰ってきて、今日一日久しぶりの札幌滞在。結局部屋でデスクワークをするしかないんですが、それでも、先日まで少し長く過ごした部屋に戻ってきたな、と実感しつつ、まずは一日。

 札幌の自室は、東京の部屋と比べると狭くて不自由で、陽の光も殆ど当たりません。それでも、2ヶ月半のその場所での自粛期間中に、うまい過ごし方を身につけた感じ。例えば、プチ自炊とか。部屋の中もむしろ片付いてきて、仕事場としては生活場所兼用の東京の部屋に比べると、何だか整ってきた感じすらします。東京滞在中にテレビのリモート出演があって、背景含めて絵面を作るのに少々苦労しましたが、札幌の方はまたそういう機会があればもうちょっといい感じに、例えばよくテレビで見るみたいに「いかにもリモートワークしてそう」な雰囲気に作ることが出来そうです(笑)。

 

 デスクワークが一段落して、夕方からは街に出てみました。札幌にいるといいのは、やはり街に空間が溢れていて、広々していること。東京の在所が、路地が入り組んだ住宅地だということもあるのですが、札幌にいると近所を歩いていても気持ち的にはちょっとした開放感を味わうことが出来ます。ずっとここにいるひとびとにとっては当たり前なのでしょうが、その部分だけとっても、札幌は私にとっては住みやすい街かな。

 わずか1週間ほどよそに行っていただけなのですが、街の雰囲気はやはり少し変わっていましたね。札幌を離れたタイミングが、丁度営業自粛要請が解除された直後でしたから、店も人も「そろりと」動き出したということなのでしょう。すすきのの飲食店には、少し人の姿が戻っていたような気がします。

 あとは…これを続けることが出来るかどうか、でしょうね。外を歩いていて中の様子が見えるお店だけですが、ザッと見たところ、当局が出したガイドラインが守られている店は本当に僅か。まず店員さんがマスクをしている店が、本当に少なかったですね。お客さんも、例えばカウンターに間を開けずに座っていて、客同士やマスクをしていない店員さんとわいわいと賑わっている様を見ると、これはやはり難儀なことだなと…。

 

 食事を早々に終えて帰ろうとしたとき、すすきの交差点に大きな声が響き渡りました。何だろうと思い声の方向を見ると、居酒屋の客引き同士が口論してる。お客さんの取り合いか何かで、トラブルになったのでしょうか。口論は、片方がこう言って終わりました。

 

「こっちだって、人、大勢抱えてんだよ!!」

 

 わかる、わかるよ…
 みんなそんな感じだよな…

 

 まだまだ、これから。

 いまもう一度流行したら、ほんとにやばい。経済はもう後戻りは出来ないぐらいやばいはずですし、それ以上に、困っている人たちが精神的に、もたない。

 例えばみんなでガイドラインを守って経営したり行動したりすることが大切なんですが…だんだん、そういうムードがなくなってきているのが、すごく気になっています。

2020年6月14日 (日)

繁華街より、出ていない地域こそ「自衛」の時代

 週末は帯広に滞在しておりました。

 私も、「新たな日常」の中で力を尽くすことが出来るように、仕事の新しい形を開拓しなければならず、そのための面会。リモート会議で営業活動も、という動きも世の中にはあるようですが、今回は先方に赴いて話をさせて頂くようにお願いしました。物事が行われる「現場」というものは厳然としてあるということ、あとは「アバター」の世界みたいに五感全部をデジタル化出来るわけではないこと。その場にいることによって気がつく事実やアイディアはやはり相当にあるはずで(そして実際にあって)、結局私はその世界で生きていくのかなと、この2日間出かけている間にも実感しました。

 リモート会議は、事柄の内容や性質によって、向き不向きが明確にありますよね。使いこなしている方こそ気がついていると思いますが。世の中が、「リモート会議万歳」みたいな風潮になるなら、その反対の方角にチャンスが生まれるような気がしています。

 

 それはともかく。

 帯広の街にいると、感染防止対策という意味では札幌や東京といった大都市とは全く違う空気感を感じました。一言で言って、ゆるい。マスクをしていない人も街中にたくさんいますし、飲食店の店員側がマスクをしていない店も、外から店内を覗くと本当にたくさんありました。私が晩ご飯を食べるために入った店では、ゴホゴホと咳をしながら食事をしている夫婦二人連れが真後ろに座るわ、混雑してくると1メートルはない感覚で客が座り、若いひとたちはマスクなしで店に入ってきて店内でも相互に話したり、また店員が積極的に客に話しかけて盛り上がったり。「新北海道スタイル」などどこ吹く風といった感じで、感染防止対策を気にせず…というのが言い過ぎなら、具体的な行動には及んでいない人々の姿が、とても目につきました。

 無理もないと思うんですよね。実際にこの地域では、数としてはこれまでに一ケタというレベルでしか、感染者が観測されていないですから。「都会で起きている、自分たちとは別世界のこと」という感覚でいても当然だと思うし、そういうことは帯広が特別なことではなく、道内の一定規模の都市部以外の地域、あるいは別の都道府県でも同様の状況になっているのではないかと推察します。

 でもね…これから「不要不急」の人々も動き出したら、どうします?それこそGOTOキャンペーンでも始まれば、無症状でもウイルスを運んでくる人は増える。しかも、地域としてはそういう人でも「来てね」と言って積極的に迎え入れることになるわけです。大丈夫でしょうか…??

 それでなくても、国や大都市のリーダー達は経済を回すために、感染拡大防止を「これからは自衛だ」と言い始めました。地域の側では、もう何ヶ月か前の流行期のように「ウイルス持ってくる都会人が悪い」とは言えません。すべきなのは「自衛」なので。その考え方が広く日本の隅々まで行き渡っていないことには、私は強い危機感を憶えます。

 実際、私が今回2ヶ月ぶりに泊まった帯広の「定宿」には、すでに家族連れの姿が大勢見られました。帯広への飛行機便はごく僅かになっているので、恐らく多くは道内近隣からの観光客なのでしょうが、都市部の人たちが見たらびっくりするぐらいマスクしていませんでした。例えば、都市部のひとたちが地域に来たときに、その地域で「自衛」の機運が高くなければ、開放感とか、あるいは「間違った開放感」を感じて「緩める」人たちも出てくるでしょう。

 そのときに、何が起きるか。運を天に任せるよりは、いまから「備える」方が色んな意味で良いのではないかと思うのですが…。

2020年6月13日 (土)

「南」には行けず、「東」へ

 本来ならば、今週からは仕事があってもなくても週末毎に函館に通い、函館競馬場で時を過ごしていたはず。現状、取材が認められず、予め予約していた函館の宿も、6月中の競馬開催が無観客で行われると発表された時点で全てキャンセルしました。まあ…予約したのは、東京五輪の延期が決まって函館競馬の開催時期も変更になったあとですから。その時点で、自体が6月の段階で収束しているとも思えませんでしたし、ある意味予定通りといえばそういうことではあります。

 毎年この季節に通っている函館に、今年はどうやら行けそうにはないかな…函館競馬の開催は7月中旬まで続きますが、何となくその時点で私のような立場のものまで取材が認められるとも思われず、半ば諦めています。競馬が縁で訪れる、この時期の函館の様々な景色や街の様子が、自分の中での「季節感」。そう考えると、競馬って凄いものだなと改めて思います。と同時に、競馬が行われているとは言っても、出かけられない「喪失感」のようなものもあるかな。競馬を見ることが出来ないから、ではなく、この時期の函館を訪れるきっかけがないことの残念さ、でしょうか。

 競馬の仕事があって函館に出かけている人に聞くと、街は案の定ガラガラだとのこと。7月になっても私が携われる競馬の仕事はまずないだろうし、取材が認められる可能性もかなり低いとは思っていますが、この際競馬と全く関係なしであっても函館に出かけようかと思っているぐらいです。何かそれだけで、この状況の中で「失われそうな私の中の何か」の、それなりの部分を埋めることが出来るのではないかと。

 

 その代わり…では全然ないのですが、今朝北海道に戻ってきて、札幌には帰らずそのまま帯広に来ました。仕事の用事が明日になって、今日は手元の「一日一善」もないという文字通りの休日。暑い陽差しが降り注ぐ中を東へと車を進め、吹く風や目にする景色を楽しみました。

 今日の北海道は全道的に晴天。ただ本当に暑くて、帯広の最高気温は31度4分ですって。車を運転していても、差し込む陽の光で腕がヒリヒリとするぐらいの、まさに夏という陽気でした。空の青も木々の緑も、東京で目にするとは全然違う鮮やかな景色の色合いに、心持ちもいっとき緩めることが出来ました。休日と割り切れば、これはこれでいい一日。仕事の用事でなければ、まだ出かけちゃいけない時期ではありますから、そんな機会に恵まれたこと自体に感謝しています。

 ただ…いまからこの暑さ、ちょっと心配。夏本番の陽気がまだこれからだとすると、この夏はどこまで暑くなんでしょう……。

2020年6月12日 (金)

リモート出演

 グリーンチャンネルの番組「アタック!地方競馬」の収録に参加させて頂きました。

 自宅から、スカイプを使ってのリモート出演。機材は、社業で「Youtube屋さん」(笑)をやっているぐらいなので、基本的なものは簡単に揃うのですが、問題は「絵面」。何せ、ひとり暮らしの狭い部屋ですから…リビングとか書斎でそのまま、というわけにはいきません。一通り片付けしてスペースを作ってから機材をセットして、座って微調整して、ということをその都度、しかもひとりでしていると、これから出演という独特のムードが勝手に盛り上がってくるところもありますね。いま周囲にどう思われているか知りませんが、こういうときにはやっぱり自分は「出る人」なんだなと実感します。

 リモート出演で、スタジオにいるときのように自在に話を尽くすというのはなかなか難しいのですが、いま出来るお話をさせて頂きました。放送は、明日13日土曜日の17時30分から。日中の競馬を最後まで楽しんだ流れで、是非ご覧下さい。

 今回も、スタッフの皆さま、そして放送出演にお声かけ下さった方々に、心から感謝申し上げます。

 

 週明けまでは東京にいるつもりだったのですが、世の中で色んなことが動き出す流れもあって、私も急遽明日北海道に戻ることにしました。

 私の身のまわりではいまのところ、まだ動き出すことも、動き出す見込みも定かなものは何もありません。それどころか、「相当先」まで動き出さないことがもう半ばわかってしまっているので、テレビ等で「動き出した」みたいなことが報じられ、街の様子にその気配を感じ取ると、正直少し焦るところはあるかな。

 ただその一方で、はやる気持ちを抑えるような感覚も、生まれてきているんですよね。世の中でよく言われる「とにかくいま出来ることを」みたいな動き出し方を、むやみにすることはよそうと。なぜなら、その焦りが高じて「先がない」方向に進むと、そこから戻ろうとするときには世の中がもっと大変になっている可能性もあるような気がするので。

 周囲の方々の力とお知恵を拝借しながら、「ここ」と見定めた方向に大胆に進んでいくような、そんなダイナミックな「復活劇」をイメージしているんですが…妄想が過ぎるかな?それは(笑)。

 

 あっ!上記のように、出演者も勿論いまでもやっていますので(汗)
 リモート出演とか、ナレーションとか、新たな番組出演とか、実況とか…
 引き合いがあれば、ぜひお声かけを!よろしくお願いしまっす!!

2020年6月11日 (木)

繁盛すると「密」 の高い壁

 名古屋に出かけたのは、一昨日名古屋競馬場で行われた東海ダービーの取材のためでした。正直、状況的には微妙だということは承知しておりましたが、周囲の様子をよく見回し、身のまわりの様子もよく見て考えた結果、出かけることにしました。

 果たして…久しぶりにお邪魔した名古屋競馬場には、見聞きして、感じて、そして伝えるべきことが山ほどありました。勿論「ダービーだから」ということもあります。しかしそれ以上に、いまこの状況の中で行われ、守られているところの競馬という「日常」が、どんな人々によって支えられているのかということ、かな。ひとつのスポーツ競技として、変わりがないこと。そのことのかけがえのなさを、強く感じさせられました。

 

 名古屋は、その火曜日に一日いただけで、あっさりと帰京。昨日今日は、東京の自室で過ごしました。

 昨日は、ある案件でオンライン会議に参加させて頂きました。仕事柄、オンライン会議にはあんまり慣れていなくて…私はどちらかと言うと、立場的に許されるのであれば会議で発言をする方のタイプなので、なんかオンライン会議の使い勝手にはなかなか慣れません。これがあれば、もう会社なんか行かなくて大丈夫!って言っている方々が、何だか凄いスキルの持ち主に思えてくる(笑)。これからの「新たな日常」では、そのスキルがないとダメなんでしょうかねぇ、やはり。

 ある事柄が「リアル」で出来ない状況なので、じゃあオンラインで出来ることをどうやって創り出すか、という相談。私の身のまわりのみならず、様々なところで行われているのではないでしょうか。この日の話の流れもそうで、私自身も、今の状況の中で物事を考える「流れ」みたいなものが何となく掴めてきました。

 

 要するに…これまでやっていたことを、ネットに置き換えるのは、ダメ。
 単純に、面白くならないです、置き換えだと。

 

 ロックダウンで「何も出来ない」という状況ならば、単なる置き換えでもまだ「物珍しさ」みたいなものがなんとかしてくれました。しかし、こうして色んなことが「中途半端に」動き出した中では、その動き出した物事をを上回ることがネット上で行われないと、価値がありません。なぜなら、リアルはやはり色んな感性を刺激してくれるものだから。そのリアルに勝つものをネットでどうやるか。リアルで出来ないものをやるか、リアルでも出来るけどいままだ人が思いついていないもの(言い換えれば、それはリアルでやっても恐らくうける、というもの)をやらないと、ひとびとには喜ばれません。

 もうひとつ、単なるネットへの置き換えが、結局「新たな日常」が求めるレギュレーションを満たさないという問題にも、あれこれ思いを巡らせているとよくぶつかります。例えば、公営競技の場外発売所で行われていたイベントを、何とかネットで実施出来ないかって考えたとき、ネットでイベントを作るところまでは出来るのに、それを場外発売所でお客さま方に楽しんで頂く方法がないんですね。ネットイベントを見せるためにモニターを置いて、そこに人が集まってしまったら、その時点で「密」ですから。

 

 どちらに向かって行っても、壁にぶつかる感じが半端ない(苦笑)。
 まあ、焦らず色々考えます。考えることだけなら、ただで出来ますので。

2020年6月 8日 (月)

みんな「こころひとつ」の正義はないね…

 感染防止対策に際して慎重なる配慮をしながら、名古屋に来ました。

 午後、夕方前の品川駅。往時よりは少ないのだろうけれども、それなりの数の人々の間を進みながら、改札口を通って新幹線のエリアに入ると…これが、ガラガラの無人。西から着く上り列車が吐き出したお客さんが改札口に上がってくるときだけ、微かな人々の波がやってくるだけで、西に向かって行こうというお客さんの姿は、まばらどころか殆どありませんでした。

 飲食店の件と同じで、移動に際してもどれだけ「企業」による経済に支えられてきたかということがわかります。感染拡大防止という旗印は、恐らく企業にとっては実は丁度いいきっかけ。「不要不急」のマジックワードを使えば、飲食経費も移動経費も削減出来る。ましてや、これから経済がどうなるかわからないわけですから…キャッシュは出来るだけ抱えておきたいですものね。細かい消費も「塵も積もれば…」なのは、みんなが一斉にそういう動きに出ると、繁華街は閑散とし、中長距離を結ぶ公共共通機関はガラガラになる。今時の状況の中では、ある意味自然な流れなのかも知れません。

 新幹線の車内では、政府からのお知らせとして「テレワークを推進しましょう」的な放送を、車掌さんがしていました。これって、凄い矛盾ですよね…新幹線に乗るなっていう放送だもん。乗り物は公共の場なので、立場上それを呼びかけなければいけないのでしょうが、指示されてその文面を読み上げる車掌さんの心中は、察するに余りあるものです。

 ここでも、まだ「始まったばかり」を図らずも実感することになりました。

 

 名古屋駅周辺の夜は、それなりの人出。個人で百貨店で買い物、みたいな消費はそれなりに戻ってきているようですが、一方でビルの階上の飲食店街は、閑古鳥すら鳴いていないというぐらいの寂しい状況でした。

 色んなことが、まだ相当に歪な形で、そろりと始まっているに過ぎない現状。これからどんなことが起きるのだろうか…勿論「楽しみ」でもなく、しかし単なる「不安」でもない、なんとも言えぬざわざわした気持ちで、様々なことに思いを巡らせております。

 

 勿論、狙っているのは「ピンチがチャンス」なんですけどね(笑)。面白い物事に気がつくことが出来ればと思っています。

2020年6月 7日 (日)

はじめてのフィッシング(疑い)

 東京の自室に籠もってデスクワークで平穏な週末…のはずが、思わぬ騒動に。何と!クレジットカード情報が不正に利用され、いわゆる「身に覚えのない」請求がデータがクレジットカード会社に届いてしまいました。幸い、クレジットカード会社の報でアラートが機能して、支払いと使用がストップ。請求もシャットアウトされ、具体的な被害はなかったようです。

 確かに、パソコンを利用した買い物や支払いは結構利用しています。それなりには気をつけていて、パソコン自体のガードは勿論、やってくるフィッシングメールを誤って開くようなこともないので、まあ大丈夫だろうと高をくくっていたのですが…実際に我が身にそういうことが起きると、こういうリスクとその脅威が、一気に肌身に触れるような至近距離に感じられます。まあよく考えたら、こちら側でいくら気をつけていても、例えばカードでの支払いを利用した先で情報が抜き取られていても不思議じゃないし、それはいくらこちらで気をつけていてもどうしようもない。実際、どういうルートでカード情報が使われてしまったかはわかりませんが、いずれにせよネット上でカード情報を入力してしまう以上、仕方のないリスクなのかも知れませんね。

 

 世の中がこういうことになって、世間の混乱とか、経済的に困窮人の増加とか、犯罪の増加要因は明らかに増しています。こういうとき、昔だったら「治安が悪くなるかも知れないから、戸締まりとか夜道とか気をつけようね」ぐらいで済んだ話だったものが、いまはもう、地球上のどこからそういう攻撃が飛んでくるかがわからない。今回も「身に覚えのない」請求は、いずれも海外からのものだったので、すぐにアラートが発動されたみたいです。そういえば、いくつか持っているメールアドレスの中には、最近あまりそういうメールが来ていなかったアドレスにもフィッシングのメールがまたぞろ届くようになっていますから、やはり「よからぬもの」はが、いまの世の中のこのような状況と混乱に乗じて、より一層活発にうごめいているのでしょう。

 と同時に、古典的な「詐欺」も発生しているみたいですね。給付金の支払いがどうとかいう電話とか。こういう経済的な犯罪って、経済的に発展しても、逆に苦しい状況になっても、いずれにしても増えるみたいですから、本当に気をつけないと…。

 

 クレジットカード会社との間の確認作業と、カードの廃止作業は、短時間の電話連絡で終わりました。問題はそのあと、ですよね。以前カードを紛失したときにも大変だったんです。カードと紐付いている様々な支払いの変更作業って、結構手間がかかるんですよね…。毎月の支払いならすぐに気がついて補足出来ますが、案件によっては半年とか1年に1度の支払いというものもあり、前回はそれに気づかず往生しました。はあ、面倒くさい。

 

 いずれにせよ、皆さまも時節柄、是非そういったことにもお気をつけ下さい。

2020年6月 5日 (金)

まだ世の中では「始まったばかり」

 およそ1ヶ月半ぶりにやってきた東京は、実に「平穏」でした。

 新千歳空港には、明らかに観光客とおぼしき私より年配の男性の集団の姿を目にしましたし、羽田に向かう飛行機の乗客も、4月の時よりは明らかに増えていましたけれども、羽田に着いてしまえばそのあとは、やはり「ひとはすくない」という印象だけ。空港も、最寄り駅までの電車もガラガラ。電車を降りて自室近くの街にはそれなりに人は出ていましたけれども、北海道にいてニュースを見て想像していたよりは、遙かに静かで穏やかでした。

 

 最も驚いたのは、マスクをみんなするようになりましたね。4月の段階では目測で8割がいいところだったものが、今日私が目にした場所エリアでは、9割9分がマスクをしていました。逆に周囲がこの状況なのにマスクをしない人は、何か余程の身体的事情があるか、あるいは余程強烈な主義主張に基づいてのものなのか…右へならえ!の日本的な文化思想の表れなのかも知れませんが、まあ安心な分にはいいかなと。

 それこそ、いま目の敵にされている「夜の街」でもそのぐらいの状況になれば、もしかしたら「実効」が出て風向きが変わるんじゃないでしょうかねぇ…。東京ではまだパチンコ屋さんは営業自粛の対象ですが、いまはむしろ店を開けて「問題ない」という実績作りという方向性になっているのではないでしょうか。ちなみに、ザッと見たところ、パチンコ屋さんは8割方開けていて、カラオケ屋さんは大手チェーン中心に殆どが閉まっていました。

 

 そのように用事で都心に出た帰り、もういまは滅多に立ち寄れなくなった「顔見知りの」飲食店を2つ回ってきました。片方のお店はオフィスの高層ビルも建ち並ぶような場所のお店で、よく訪れていた頃のスタッフの方がまだおられて、再会を喜び合いつつこの間の様子も話をしてもらいました。曰く、2月の終わりか3月のはじめぐらいから、すでに企業が外食にお金を出すことを抑制していて、お客さんの数は相当減っていたと。そのあと更に、周囲のオフィスに出勤してくる人々が減り、いまここ…で、そのときの来店客は私を入れて3組6名様。以前は毎晩満席で、私がひとりで食事に行っても入れないことも多かったお店が、そんな状況です。ソーシャルディスタンス云々は、今のところ考える必要すらなくて、人が増えて来てからの話だというのですから、大変な話です、本当に。

 

 改めて、いま始まったばかり、なんだなと。
 これからしばらく東京にいる間、そんなことばかり目にすることになるのでしょうね。

2020年6月 4日 (木)

くらし ひとくぎり

 結局、2月の終わりからの3ヶ月半、殆どの時間を北海道で、とりわけあとの2ヶ月はほぼ札幌の自室に籠もって過ごしてきました。どうぎんカーリングスタジアムで、北海道独自の緊急事態宣言の報を聞いたときから、自体は様々に流れを変えながら推移し、私たちのくらしもその流れに翻弄されながら、時が過ぎてきました。

 まず何より喜ぶべきは、その間全く健康を害することなく過ごしてこられたということでしょうか。体力が明らかに落ちているということは、最近になって少し取材などの仕事で外を出歩くようになって認識させられていますが、それでも熱が出ることもなく、その他の症状が出ることもなく、起きて、食べて、寝て、そのほかの時間もなにがしかのことをしながら時を過ごしてきました。幸い、まだ住むべき住まいを失ってはいないし、食べ物にも困っていない。周囲の状況を見回し、更にその変化に触れるにつけ、まずはそのようにして「生きて行けている」ことに、いまは感謝すべきときなのでしょう。

 

 その一方で、最近になって世の中が少しずつ動き出し、少しずつ様々なことがわかってきました。それにつれて、このあともそのように生きていけるとは到底思うことが出来ないほど、身のまわりにあったと思っていた「よりどころ」が一つひとつ消えてなくなり、いまは身につけているものが事実上概ねなくなって「丸腰」になってしまったかのような感覚に襲われています。いま社会の中にこのままいても、二進も三進もいかないなと。色んなものを身につけて、それがなくなったり剥ぎ取られたりするたびに、また身につける物を探して、身につけて…自分の中でもまあまあ渋太く、色んなことを乗り越えてきたかなと思っていたのですが、たいしたことなかったな(笑)。

 

 ここからは、これまでの経験や、固定観念は振り払って、やれることを探していかなければならない。改めて「更地」にものを積み上げていくような生き方をしていかなければならない。まだそう割り切るところまではいっていませんが、間違いなくそうなるという覚悟のようなものは、引きこもり生活を続けていくうちに醸成されてきたような気がします。

 そう…「更地」になったんだよね、たぶん。信じたくないけど、全くの「更地」。だから、そこに何を積み上げて立てても、そこでなにをやっても、自由。もうそこまで若いわけでもないし、資本が十分にあるわけでもないので、いまからその更地に何かを、というのもかなりしんどい話ではありますが、やっていかないとどうしようもない。生きていけない。

 その「自由」という言葉を、ことごとくなくなったもののかわりになる「よりどころ」として、やっていかないといけない…何か、行動がかわる、というわけではないけれど、そうおもってやっていくだけで、ちょっとだけ夢があるかな。

 

 明日からしばらく、慎重なる注意を払いつつ東京に行ってきます。東京に残してきていてどうしてもしなければならない事務仕事を片付けつつ、久しぶりの東京で何か生きていくためのヒントを見つけることが出来ればと思っています。

2020年6月 2日 (火)

周囲のため が、こころのよりどころ

 暇に任せて、私の個人事務所的な会社の経理業務をほぼリアルタイムで消化していまして、早くも5月分の決算がまとまりました。苦しい状況の中でも、何とか5月は想定内のマイナスで切り抜けた!と思っていたら、月末になって自動車保険の保険料の引き落としがドカン(泣)。まあ、私が忘れていただけなんですけれども…やっぱり楽ではないですね。1ヶ月とかいう短いスパンの浮き沈みで一喜一憂している場合ではないのでしょうが、それでもこの状況ですと、収入の管理や経費の見直しもしていかないと、「ダイナミックな判断」が必要なタイミングがもしも来ていたときにそれを逸してしまう可能性もありますから。

 帳簿をつけていると、やらせてもらっていた仕事の「相当程度」が飛んでいる,、ということを、改めて再認識させられます。まあでもそれは、予想通りですから。そんな現実を突きつけられる一方で、このような状況の中でも、有り難いお声かけをいくつかの方面から頂戴し、その少しでもやらせて頂ける仕事のおかげで何とか踏ん張れている、という事実もまた、改めて実感しているところです。

 この場で、そうしたお心遣いを下さる皆さま方に改めて、心から感謝を申し上げます。

 いまのところ、そうした細かい一件一件のお心遣いで、何とか生業にしがみついて行く時間を繋いでいるような状況。そんな中でも「考える力」がある限りは、今の世の中の状況で価値あること、世の中で普通に考えついて行われるようなこととは一線を画することを提案し、そして実現に結びつけて行ければと思っております。どうか引き続き、多くの方面のお力添えを頂戴出来ればと思っております。

 ここ、強調。よろしくお願いします(笑)。

 

 昨日も今日も、マスク着用や三密防止などの基準、北海道では「新北海道スタイル」と呼ばれているルールが守られていることを前提に、知人経営とか、これまでよく出かけて顔見知りの飲食店に出かけました。話を聞くと、営業自粛要請が解除されても先が見通せない苦しい状況には変わりなく、続けていく方法も思案しかねている様子でした。

 実際、すすきの界隈も人出は「サッパリ」という状況ですし、買い物の用事があって出かけた札幌駅界隈は、オフィスのテレワークも進んでいるのか人影がほぼ見当たらない状況。私に出来ることは、フォロワーも僅かなSNSで、「ルール守ってるから言っても大丈夫な店だよ」と宣伝するぐらいのことなのですが…仕事の上での苦しさはあっても、プライベートであっても「何か出来ること」を探してやるのは、気持ち的には悪くない。それは単なる「自己満足」なのかも知れないけれど、少しずつでも動き出した社会に、しっかりといて、そして関わっているという気持ちの余裕が持てれば、このあとこれから自分のために発想力を働かせていく必要が生まれたときに、その「幅」も違ってくると思いますので。

 仕事が飛んで空いた時間で、周囲のためにやれることがあって、それが自分の仕事の価値を損なわないことであれば、どんなことでもやってみることかも知れませんね。

 自分のためじゃなくて、周囲のため。これがポイントかなと思っています。
 なのでいまは、個人YouTuberはやらない(笑)。

 

 6月も、公私問わず自分の中で価値あると思える活動をしながら、何とか振り落とされぬようしがみついていければと思っています。

2020年6月 1日 (月)

「こころ、ひとそれぞれ」のダービーデイ

 いま、ひとびとは全世界的な疫災に苛まれています。ひとびとは、集まり触れ合うことを禁じられ、競馬もまた、開催出来てはいるものの無観客という形でその影響を大きく受けています。

 競馬を続けて楽しむひとびとにとって、競馬は人生の中の時の流れに寄り添う存在。様々な出来事やありようが競馬の様々なシーンに投影されたり、逆に競馬のシーンが人生の節目を思い起こさせたりと言うことを繰り返し感じているという方は、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。そんな中で、昨日は競馬の日本ダービーが行われました。無観客とは言え、多くのひとびとがひとつのスポーツとして映像を通じてそれを目にし、そしてその中から様々なことを感じた一日になったのだと思います。

 無観客という、特別な状況の中で行われたことは、大きな出来事として記録されることになるでしょう。競馬を契機に集まることができない。これは確かに、競馬という文化の本質にも関わることで、競馬にとってものすごく大きなダメージです。私自身、その「競馬を契機にひとびとが集う」ということの人間にとっての意義や価値というものをテーマとして活動してきただけに、このことの重大さをものすごく強く意識させられています。

 競馬、という物事にとっては、いまこういうふうに集まれないときだからこそ、よく言われる「心をひとつに」で頑張って行かなければならないところでもあります。

 

 でも実は、競馬を楽しむ、とりわけ人生の時間の中で続けて楽しむということで見れば、「心をひとつに」はちょっと違うと思うんですよね…。こう書くと、またひねくれ者だと思われるかも知れませんが(笑)。

 

 だって、競馬を楽しむという行為は、とてもパーソナルなものだから。
 競馬が寄り添っている人生の時間は、ひとそれぞれみんな違うから。
 そして、今時の厄災のような大変なときこそ、それぞれ立場やありようが一層異なる中で、競馬を楽しむことになるから。

 

 私がそれを痛感したのは、9年前の東日本大震災のとき。オルフェーブルが勝ったダービーを、グリーンチャンネルのキャスターとして多くのひとびとに伝える役割を頂戴していたときでした。

 震災が起きたあと、私は全国の競馬場を回って取材しました。その中では、震災後のひとびとの生活や気持ちの持ちようが、年齢や立場、地域によっても全く違うことが強く感じられました。そして迎えた、いつもより少しだけ遅い6月の日本ダービー。日本中のひとびとが注目するレースを伝えるためのカメラの前に座ったとき、実はなんとも言えぬもやもやした気持ちを抱えていました。もしかしたら、世の中そこかしこで言われる流れで私も「心をひとつに」とレース前に言っていたかも知れません。しかしその一方で、そのダービーを見ることが出来ない状況のひとびと、ということも口にしていたことは、今でも憶えています。いま、ダービーのレースが行われる瞬間を迎えている状況は、生死も含めて皆違う。それが、私にとってのこの日のテーマのひとつでした。

 オルフェーブルの素晴らしい勝利の姿を多くのひとびととともに目にして、そのもやもやしていた気持ちがぱーっと晴れた気分になりました。ああ、やっぱり「心をひとつに」じゃなかったんだと。このダービーのシーンは、「見ることが出来なかった」という記憶も含めて、一人ひとりみんな異なる形でひとびとに伝わっているんだと。それが競馬というものの、素晴らしさなのだと。

 

 それぞれの、いま置かれた状況、そしてこれから。昨日目の当たりにした、コントレイルとそのライバルたちの素晴らしい戦いのシーンは、一人ひとり全く異なる「人生の時間」の中にそれぞれの形や色彩をもって刻まれたに違いありません。

 私もまた、昨日、その一人となっていました。

 

 「心をひとつに」よりも「こころ、ひとそれぞれ」のダービーデイ。
 あなたにとって、それはどんな一日になったでしょうか…。

ゆうべのこと

 篠崎仁志選手と初めて話をしたのは、彼が「出たて」から「売り出し中」へとひとつ階段に上ったかに思われていた頃。もう10年位前のことになるでしょうか。もっと前かな?

 長崎県・大村競艇場で一般戦のリポーターとしてピットでの仕事に入った私。初めて彼に挨拶をして、話も聞きに行き、彼がその日のレースについて丁寧に話をしてくれたあと更に出てきた言葉に、私は驚きを禁じ得ませんでした。

 

 「いま、仕事がつまらなくて。まったく気持ちが入らない」

 

 だって…成績が上がりはじめ、一足早く活躍の道筋を歩む兄・元志を追い、いずれ超えるかも知れない存在と世の中が認識し始めたタイミングですよ。それなのに、こともあろうに「仕事がつまらない」ですから(笑)。確かそのシリーズも、普通に活躍して帰ったという記憶なのですが、私は日々リポートで話を聞きに行くたびに、その一言が気になって仕方なかったのを、いまでも憶えています。でも、「こういうことですか?」っていう答えは、彼には求めませんでした。それはずっと篠崎兄弟を取材したりレースを喋ったりする上での私自身の宿題と捉え、心に秘めたままで彼らの姿に注目していました。

 

 あるところから、彼は変わりました。レース場で彼と何度も仕事で行き会う中で、それははっきりとくみ取れました。恐らく、他の取材者の皆さん方も同じことを感じていたと思います。最終的に何がその変化のきっかけだったかは、私にはわかりません。超えるのに、当初の周囲の期待感よりは少し時間がかかった記念常連への壁を越えたのも、その変化のあと。

 そして…いまから7年前のこと。彼が桐生の新鋭王座決定戦で記念初優勝したとき、たまたま表彰式の優勝者インタビューを担当していた私は、彼から素晴らしい勉強をさせてもらいました。

 

 「一足以上先を行く兄の姿をレーサーとして追いかける」

 

 レース場のインタビューのような場で、ハッキリと兄の存在を彼がそのように話したのは、恐らくそれが初めてだったと思います。

 こちらからそれを尋ねるでもなく、話の中で彼が自然にそれを話す流れになったそのインタビューの経験。インタビューの中で「相手のこころに寄り添う」という何よりも大切なことを、とても多くのひとびとが注目する大切な舞台で、彼から教わりました。

 彼自身も、それを大勢のお客さま方の前で話す気持ちになっている自分に気づき、だからこそ彼自身の言葉を介してその気持ちはお客さまにストレートに伝わったのではないでしょうか。

 

 いまはもう、ボートレースの世界でこういうことを伝える機会を失ってしまっているので、自分自身の中の想い出でしかないのですが…(笑)

 そんな彼との貴重な経験を、ゆうべ彼が初めてSG制覇の栄光を掴む姿を映像で見て、密かに思い出しておりました。それは私にとっては、仕事の上でも、ひとりのひととしてという意味でも、今の私をかたちづくる大切な「宝物」なので。

 

 篠崎仁志選手
 SGボートレースオールスター優勝、おめでとうございます。

 

 日本ダービーの一日のことは、また次の稿で。

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