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2020年7月

2020年7月30日 (木)

「リア充」も大概にしないと…

 札幌で、営業的に苦労しているいきつけの店で晩ご飯でもと思って訪れたところ、店から驚くほどの歓声が上がっていて店の入口で少々たじろぎました。会社帰りの5~6人のグループが、いくつものテーブルを囲んで、談笑。少々遅い時刻に訪れたので、恐らく皆さんは2軒目だからなんでしょうが、まあ大きな声で話すわ、笑うわ…。それぞれ、グループの中にひとり感染者がいたら、まずアウトだよねっていう状況で、それでも皆さん楽しそうに時を過ごしておられました。

 複雑です、正直。いきつけのお店なので、繁盛しているのは大変喜ばしいことなのですが、繁盛の仕方が「新たな日常」に全く適っていない。私、もう会社員やめて長いのでわからないのですが、やっぱり大勢で飲食して談笑するっていうのは、しなきゃいけないことなんでしょうか(苦笑)。

 

 少し以前にも、「リア充」と「困窮」の分断、ということをここに書きました。その後事態は更に良くない方向に進んでいるわけですが、「リア充」層の事態を考慮しない行動は更に勢いを増し、「困窮」サイドの人々のその度合いは更に極まるという形で、両者は分断は更に広く深くなっているような気がします。

 おまけにリーダーたちは「経済回せ」とか言って「リア充」サイドの人たちに「無理」を促す。そういう無理すると、追い込まれるのはむしろ「困窮」サイドの人々。「困窮」サイドの人たちは、既に痛い目に遭っていて生きていけるかどうかもわからない状況になっているので、無茶はしないはず。早く終息しないと、本当に死んじゃいますから。でも「リア充」の人たちは恐らく、経済的に「まだ」打撃も受けてないのでしょう。そうでなければ、大人数で集まって飲食とか、ちょっと理解出来ません。まさか本当に「コロナとか風邪と一緒」と思ってるんだろうか…。

 

 気の毒なのは飲食店の方。もうここまでの状況の中で明らかに「困窮」サイドにいるのに、お店としてのリスクと、自らの結構リスクと、両面のリスクを背負って「リア充」を受け入れないといけない。なんかすごく難しいことですね。

 

 これ、本当に、リーダーたちが持って行き方を間違えると、みんなが期待しているのと反対のことが起きると思います。「リア充」満喫している人たちも、いま困ってないからあまり深刻に捉えていないだけなんでしょうか…ただ、経済的な影響がこれから自分の所にまで広がるかも知れないという「発想力」ぐらいは、少なくとも持っておいた方がいいのではないでしょうか。

 そうでないと…日本だけ終わらなくて、取り残される。「困窮」の最果てに……。

2020年7月29日 (水)

船の進む方向は みんなで決めよう

 昨日から北海道に来ています。昨日丸一日、門別競馬場に取材のため滞在した以外は、殆ど札幌の自室で過ごしました。出かけたのは、昨日帰宅後、車で3分の所にあるドラッグストアに買い物に行ったのと、今日、歩いて30秒の所にあるコンビニに足りない食材を買いに行ったのの2回だけ。従っていまのところ、札幌が今時の状況の中でどんなことになっているのか、全く承知しておりません。

 夜のニュースを見れば、世の中まあ予想通り相当なことになっているみたいで、「自分がかからない」ということを目標にするなら、行動には油断が出来ないなと改めて感じています。「若い人」そして「子どもから家族経由(またはその逆)」が問題になるなんてことは、結構以前に私ごときが気づいてここに書いていたぐらいだから、世の中にはとっくに気づかれているのかと思っていましたが、テレビのニュースを見ると今になって驚きを持って捉えられているみたいで、むしろそちらの方に驚いています。

 

 この状況をどうするのか。世の中様々な意見があるのももうわかっていること。大雑把に言えば、防疫か経済か、とかですね。それだけでなく、他にも様々な要素があって、それぞれごとに人により意見が違う。しかしこの際、誰かが旗を振ってその方向に進んでいかないと、何もせずに全ての人の状況が悪くなる。いま私たちの国で人々が感じているのは、病気や経済不振の閉塞感ではなく、そうしたことを決められないリーダーと、そんなリーダーを選んでしまっていた自らへの絶望感ではないでしょうか。

 私とは意見が違うけど、「コロナは風邪と同じ」「集団免疫こそ最善策」と信じる人たちは確かにいて、他国も含めて世の中の大勢とそれは意見が違うので、ネット上でそうした意見も細々と伝えられています。それはあまりに荒唐無稽な話だからなのかわかりませんが、「経済回そう」と思うには、そうした人々の見解を採用するしかないわけで、それならそれでテレビなり新聞なりがそういう場を提供して、議論を戦わせればいいのではないかと思っています。アメリカなんかは、リーダーが一見滅茶苦茶なことを言っていても、それを評価するための情報開示や議論はきちんと行われているみたいですしね。

 

 いま、みんな考えてますよ、ものすごく。一部の人たちが言うように、思考停止なんかしてない。リーダーたちと違って、経済的なことも含めて生存の危機だと思っているので。なので、もっと情報と議論を「嫌と言うほど」世の中に流すべきなんじゃないでしょうか。そして、正面切って議論すればいい。そうすれば、リーダーたちに無理な決断を迫る必要性も少なくなるから。隠すから、じゃあお上が決めてくれやってなる。悪循環ですよね。

 日本では、権力持つと物事隠蔽したがるのはもう大昔からの伝統的性質。ただ、そういうことも「行動変容」させるべき時だし、そのためのものすごいチャンスが訪れているという見方も、出来るように思います。

2020年7月28日 (火)

店さえ開いていれば、そこには需要が生まれる

 実は、土曜日の時点で気づいて、一昨日昨日と九州・大分県にある別府競輪場のモーニング開催を映像で見ておりました。

 モーニング開催は競輪やボートレースですでにこれまでも行われていましたが、この日は従来のものより更に時間帯が早くて、何と1レースの発走時刻が8時半。そこから7つレースをやって、最後のレースの終わりが10時45分頃。他場の日中の開催が始まる前に全レース終了という、これはなかなか画期的な開催。もう何度か、この形で行われていたのかな?一日全体でなんぼ売れたのかわかりませんが、票数を見ると朝の1レースから2千万円近くは売れていたようですので、営業成果としてもなかなかのものだったのではないでしょうか。

 昨日は、他に仕事の傍らでかけ流しにしておくものもなかったので、朝から晩まで競輪のレースを続けて流して見てみました。そのモーニング開催があって、それが終わる頃に丁度デイ開催レース場がいくつかスタートして、デイが終わるとナイター開催が始まるまでに少し時間が空いていて、ナイター開催が終わるとミッドナイト開催が、すでに1個レース終わってる、位の感じであとは夜中まで。8時半から夜の11時半頃まで、ほぼぶっ続けでどこかのレース場のレースが行われておりました。私は、朝からほんの少しずつだけですが車券を買って参加し続けて、ナイターが終わる夜8時半頃になってデスクワークが忙しくなってしまって車券は終了。それでも12時間ぐらいの間ずっと参加し続けてみて…まあ、何だかすごいなと(笑)。朝から晩までずっとやる、なんてことをする人は滅多にいないんでしょうけれども、「朝から晩まで店が開いていて、何かしら売っている」と思えば、これはこれで面白いことなのかなと感じました。あとは、業界でもっと連携して、レースやってない、イコールものを売っていない「隙間」の時間帯をなくしていくとか、頑張りようがあるような気がしました。

 朝の8時半からレース開始とか、「出来るんなら、もっとやればいいじゃん」と思い、そんなことをツイートしたところ、すかさず現役競輪選手のK外中K哉さん(隠す意味がない…笑)からツッコミのレスが入りました。曰く…

 

「選手からしたらめっちゃキツイです。朝、4時過ぎには起床しないといけませんから」

 

 ごめんなさい……客の立場しか考えていませんでした(苦笑)。

 しかし、だとすると4時過ぎに起きて午前11時前には仕事が終わってしまう選手は、その日そのあとをどんな風に過ごすのだろうか。生活のリズム的には、相当大変そう。かつて、競馬がナイターで行われるようになったときに、そもそも比嘉昇遙か以前の早朝から調教などで活動している競馬界で、レースが夜になったらどうなる!?みたいなことを言われていたことを、思い出しました。

 競馬なんか、朝からレースやって早く終わった方が、生活のリズム的には合うと思うんですけどねぇ…どこもそういう方向には行かないのかな?

 

 今日は残念ながら別府モーニング開催の最終日に参加することなく、朝から移動。北海道に渡り、また苫小牧のイオンモールで時間調整しながらこの稿を書いています。今日は門別競馬場に取材にお邪魔しますが、そのあとはステイホームかな。

 週末までいても、結局札幌競馬場には行けないのですが…それでも週末まで滞在する予定です。

2020年7月27日 (月)

東京で寂しい週末

 先週末からJRAの札幌競馬の開催がスタート。このときのために札幌に拠点を構えていると言っても言い過ぎではないほど、この2年間この季節には北海道にずっと滞在して、様々に活動してきました。しかし…今年は仕事は勿論、競馬場に取材に出かけることも出来ない状況。結局、4連休で飛行機代がビックリするほど高かったこともあり、週末は東京に留まっておりました。

 

 テレビでレースはチラ見ぐらいはしていましたけれども、やはり私のように事柄ごとに関わりながら仕事をさせてもらう立場にいると、仕事で関われない事柄はどうしても縁遠くなってしまう。実際、まだ仕事にはなっていないことも含めて、やらなきゃいけないこともありますし。

 馬券を買って、レースを見続けていくというのも勿論ひとつの考え方なんでしょうけれども…さすがにね、持続化給付金もらったとかここに書いてて、その立場で馬券に興じているというわけにもいきませんよね(笑)。

 実際、冗談は横に置いても、実際今の状況だと、お金を使うときには自分の中でそれなりの「言い訳」がないと無理。賭け事なんて、一見すると手元に何も残らないことの方が多いわけですから、いまはどの公営競技に参加するにせよ、そのこと自体が何かの「経験」として糧になる、っていう筋道が必要です。そんなの、自分の中でのことだけなんだけれども…いまの状況で文字通りの「無駄遣い」は、さすがの私も出来ないかなと。なので、本当に申し訳ないのだけれど、JRAの馬券を買う機会も金額も、かつてに比べると「相当に」減りました。JRAの馬券に限って言えばいま、大人になって馬券というものに手を出すようになって以降の自分史上、金額的には最少……。

 

 で、週末に参加した馬券。まず日曜日のWIN5。前の週に的中者がなくてキャリーオーバーが発生していて、まあさすがに話題には乗っておいたほうがよいと思って少額ですが参加しました。売上も、普段の倍近くの11億円だとかで…みんな、お金あんだね(笑)。というか、私のように「キャリーオーバーあるなら」と言うことで参加してみた方が多かったのでしょう。

 もうひとつ参加したのが、同じ日曜日のHTB賞。地方競馬のホッカイドウ競馬(門別競馬)からフジノロケットが参戦していて、単勝複勝の馬券をちょろっと買って観戦。門別には取材にも出かけているし、門別は予想原稿も書かせてもらっていて、縁がありますから。そのぐらいの出費は許容。馬も3着と頑張ってくれて、複勝馬券が当たりました。

 当たったことは別としても、いまは自分自身が楽しむにしても、こういう「縁」が頼りなのかなと、レースを見ていて実感しました。それがあれば、馬券を買ってレースを見ていても、何て言うか「心穏やかに」楽しめますから。そういう意味では、JRAの競馬にも早くそういう「縁」、言い換えれば端の方でもよいので携わっていく「きっかけ」を作れればと思うのですが…難しいね。いまのところ、全く手がかりはありません。せめて取材に出かけることが出来るようになれば、出来ることも生まれるし、こちらの心持ちも違ってくるのですが。

 

 まだまだ、時間がかかるね…
 焦るわけじゃないけど……何かきっかけぐらいは、欲しいよね。気持ち的には。

2020年7月25日 (土)

まずリーダーが「範」を示せ

 もう少し時間がかかると思っていましたが…思っていたよりも早く、今の状況で「経済回す」といくら旗を振っても無理があると、みんなで気づく頃合いになってきたような気がします。解禁だか解除だか知りませんが、状況をきちんと踏まえているとは思えないことをリーダーたちが言い出し、それに乗っかってみた人たちが痛い目に遭ったり、特段それでいいことが起きていなかったりと、もうすでにそこかしこでそういうことが始まっているようです。しばらくは、そんなことが続いていくんじゃないでしょうか。

 「あの頃」ね…「新たな日常」とか「行動変容」とか言っていたのが懐かしく思えるほど、みんなかつて営んでいたこと、楽しんでいたことへと逆戻りして、そしていまこの状況。それで痛い目に遭ったり、不安感に苛まれたりしてる。いまとなっては、「あの頃」がもう懐かしくすら思えます。 

 

 ほんと、どこに行ったんでしょうね。「新たな日常」とか「行動変容」とか。

 それとも、まさか「手を洗う」とか「マスクつける」ぐらいの話で済むと、みんな思ってたってことなのかな…。

 

 新宿の街で、「接待を伴う飲食店」を警察が巡り、感染拡大防止対策の状況を確認しはじめたというニュースを目にしました。案の定、店の人たちは口を揃えてこう言ったと。

 

「言われたとおりに全部やってちゃ、営業が成り立たない」

 

 でもね…言われたとおりやらないとダメなんだよ。「新たな日常」なんだから。それで成り立たないことは、少なくともしばらくは諦めなきゃいけない。でないと、いつまで経っても、こんな状況のまま。それこそ、したり顔の経済学者が言うみたいに「自殺者が増える」っていう話になりますよ。

 店閉めるなら、補償よこせってなるから当局が強く言えないんだとも聞きます。だけどね…こちとら、ほぼ休業状態ですけど、休業補償なんか一銭も頂いておりませんよ(笑)。私だけじゃなくて、そんなひと一杯いるよ、世の中には。今のこの状況で、やってたことが出来なくなったから当局が金出すべきだとか、私はちょっと意味がよくわからないです。もらってないので。

 

 物事窮屈なのは、いまはどうしようもないよね。その中で出来ることを考えないと。出来ないなら、生きるために別のことを考えないと。

 みんながそう思うようになるまでは、物事収束しないし、いまはぽつりぽつりとは言え、いずれもしかしたら大々的になるかも知れない犠牲者が出続けることになるんじゃないでしょうか。

 

 とにかく、リーダーにしっかりして欲しいです。政策が難しいのは、しょうがない。誰にとっても経験のない状況なのだから。でもね…だからこそ、少なくとも、態度や考え方ではしっかりと「範」を示して欲しい。それだけで、国民の行動は間違いなく変わってくると思うんです。

 例えば、昨日のニュースで報じられた、首相が秋にG7に出かけるという話、そして出かけたあとの検疫を免除させようとしているという話。リーダーたちが、自分たちで言っている「新たな日常」の意義も「行動変容」の必要性も、全く理解していないことのあらわれでしかない。そんな状況で国民に何を訴えても、聞くわけないよね。わかんないもん、意味が。

 

 4連休も明日まで。それが終わったあとがまさに「恐る恐る」になりそうですが…まあとにかく、リーダーたちに言われるままに旅行に出かけたみなさんは、まずは是非とも無事でお帰り下さい。

2020年7月24日 (金)

「社会正義」は、世の中を守る処方箋

 この1週間は、昨日お知らせした新たな仕事だけではなくて、結構色んな「イベント」があって、それも含めての慌ただしさを久しぶりに味わっておりました。

 

 そんな中、直接の収入につながる案件のひとつ、家賃支援給付金の申請が完了しました。

 持続化給付金の申請の時に、準備の「コツ」みたいなものを既に掴んでいたこともありますし、事前に「恐らくこういうものが必要だろう」という情報も、あちらこちらを調べて仕入れていたこともあって、書類のスキャンなどの準備に30分、そこからサイトに飛んで申請するのに30分で、計1時間ぐらいで全ての作業が終了しました。サイトの中での情報入力は、持続化給付金の時よりも格段に進化していて、間違えようがないほど簡単。慌てることなく申請開始の日から数日経ってから行ったので、サイトへの接続自体もスムーズでした。

 要するにこういうことは、申請する方も受ける方も事前の準備がどれだけ行き届いているかと言うことにかかるんだと思います。申請する方は、税務申告さえきちんと行っていれば、個人だろうが法人だろうが、難しいことなど何もない。申請受ける方も、今回は事柄的に制度やルールの作りが難しい案件だったにもかかわらず、よく対応されていると私は思いました。

 それでも…ようやく今頃かよ、遅すぎる!っていう向きはあるかも知れません。ただ、日本がこういうことには時間のかかる国だというのは、みんな他の様々なシーンの経験でわかっていたはず。こういうときだけ「頑張って急げ」と言われても、それは無理というものでしょう。

 

 それよりも、当局は「正義」がないがしろにされる事態を、全力を挙げて避けるべきです。すでに持続化給付金は、個人による不正受給が横行しているとの報道も目にしました。こういうときに「インチキ」だけは許さない、という、確固たる決意を示すことも、リーダーの重要な職責のひとつ。いくつか摘発して、大々的に報道して、立件して、厳罰に処すれば済む話なのですから。いま手が足りていない衛生当局とは全く別の人手で出来る話だとおもうので、今すぐに取り組んで頂きたいです。

 それでなくても…こういうときには、社会の中で、分断や軋轢がそこかしこで生まれがちですから。それを防ぎ、社会をとりまとめるための「正義」を守ることには、精一杯力を尽くすべきでしょう。でないと…感染拡大防止策にも、大きな影響が出ますよ、きっと。

2020年7月23日 (木)

いまのところは まだ「手作り」で

 暇に任せてほぼ毎日更新していたこの日記も、1週間ぶりの更新になってしまいました。

 

 ありがたいことに、競馬などの公営競技ではない筋から、先月あたりから仕事の話を頂戴していて、事柄の当日が昨日。何せ私の会社の仕事は、今のところたったひとりしかいない社員である私による、文字通りの「家内制手工業」(苦笑)。ひとりでコツコツと資料を作ったり台本書いたり、機材の整備やテストを続けていったりと、慌ただしいと言うよりじっくりと、ボリュームのある仕事に取り組んでおりました。

 仕事の現場は、最低限の人々だけ東京都内某所に集まり、遠方と映像音声のやりとりをしながら行う、インターネットを使ったリモート方式。ただZOOM使うでもない、ただYoutubeに作った画像を流すでもない、少し一ひねりした方法で仕組みを使ってみましたが、何となく面白いことにつながりました。これまで競馬とかカーリングとか、様々な形でインターネットを使った中継放送を作らせていただいてきて、培ってきたものが少しまた別の形で役立てさせて貰えたかなと。いい機会、ありがたい仕事に携わらせて頂きました。

 

 とはいえ、問題点も。ちょっとしっかりしたことをやらせていただくとなると、ひとりじゃ無理な域にさしかかってきてしまいました。今回の現場も、広告代理店の方に「人手」として手伝って頂きながらで、私としては恐縮しきり。今回は、全く新規で「スモールスタート」と意識して取り組んだとはいえ、ちょっといかがなものかと自ら反省しているところです。

 きちんと体制を取れば、自信を持ってやれることも色々増えてきそうな手応えはあるのですが…いまこの世の中の経済状況の中で、例えば誰か人を雇って大きく構える、みたいな勇気はなかなか持てずにいます。筋道が見えているかというと、そんな感じはいまのところ皆無ですし、人を巻き込んで事柄始めたら、やはりそのことの「責任」も伴ってきますし。あと、まだ自分が「出演者」だと思っている部分も、それなりにあるのでね(笑)。ハッキリと制作の方に舵を切るのも、自分の中での「違和感」もあります。

 

 まあ、この状況ですから…やれることは、何でもやっていかないとね。
 出演でも制作でも、その他のことでも何でも、お声かけお待ちしていますよ!

2020年7月16日 (木)

必要なのは「延命」ではなく「変容」を促すキャンペーン

 今日、どうしても東京の自室で参加しなければならないオンライン会議があったので、朝一番の飛行機で帰京。ここしばらく行き来に使っていた成田発着のLCCはとても混雑していたのに、羽田発のスカイマークはガラガラ。火曜日にセール会場で行き会った方々が利用していたメインキャリアもガラガラだったらしく、混んでいるのは成田便だけの模様。利用者数の価格弾力性がかなり高くなっているのだとすれば、これは経済としては結構心配なことですね。とはいえ、来週の4連休の近辺は、羽田発だろうが成田発だろうが、新千歳に飛ぶ飛行機は軒並み高値。

 

 事態は「やっぱりな」という方向にどんどん進んで、世の中、とりわけリーダーたちの迷走振りは心配で見ていられないレベルに達しています。「東京除外」のニュースに触れたときには、びっくりしてソファから転げ落ちました。勿論、悪意があるとは私は考えませんが、少なくとも一番物事を見通さなければならない人々の間で、物事見えなくなってることが、「外野」から見ているとハッキリわかる。ちょっともう、憤るとかを通り越して、気の毒にすら感じられます。

 

 成田空港に降りて千葉や浦安舞浜に泊まれば
 あるいは新横浜まで新幹線で行って、横浜に泊まれば、都内どこでも遊びに行けるの?
 意味がわからない…

 実質、「都民NG」の縛りだけが残って、これはね…「人対人」の恨みにつながるよ、きっと。
 わるいのは、コロナだから。
 わざわざ無用な「分断」を人為的に醸し出して、一体何がしたいのだろうか…??

 まあ私としては、成田便のチケットが高騰し、羽田便はちょっと使いやすくなるのかな?と思うと、もしかしたらプラスかも?(笑)

 

 事ここに至ると、色んな方々が私に様々な助言をしてくれたりして、私自身も物事を自分なりに考えてきたのは、悪いことではなかったのかなと感じます。先に向けてのメドは全く立たずに不安なことしかないけれど、慌てるっていうことはないから。

 私なんかよりももっと深く、そしてもっと素早く色んなことを考えた人は恐らくいて、そういう人々はすでに会社や店を畳んだり、身の振り方を大きく変えたりしているのでしょう。まだそれほど増えていない失業数や倒産数も、いま上がっている数字の中にはむしろ「前向きなもの」も相当含まれているのではないかと思っています。

 

 これから、ですよね、問題は。例えば、今時行われるキャンペーンの予算が尽きたあと、旅行業界はどうするつもりなのか。このキャンペーンをやっても勿論状況は終息しないし、それどころか恐らく良くない方向に進むのでしょう。そのときになって「立ちゆかない」という判断をするのが、多分もっとも良くない。それは飲食店然り、そのあとのイベント云々なんて、キャンペーンで何を助けようとしているのか全く趣旨不明ですから(笑)。そんなものを待っていては、文字通り「座して死を待つ」ことになるのでは…一体何のための政策なのかと、そういう話。

 

 これから出てくる「倒産」や「失業」が実は本当に問題。助けられるのを「待っていて」、でも立ちゆかなくて望みを失って、渋々変容へと舵を切る。そういう、いってみれば「非自発的変容」を余儀なくされる人々が、その心持ちでその後どうやって生きていけばいいのか…。だから、見通しの立たない「延命」はむしろ不幸なことなのかも知れないなと。ここ数日のドタバタを見ていると、思い巡らせることは尽きません。

 

 かつてのようには、出来ない。
 それを前提に、一人ひとりが「考える」こと。

 


 リーダーたちが促すべきは、そういうことのはずなのですが…

 彼ら自身が過去にしがみついているようでは、難しいかな、それは。

 

 客側は、お得なものなら使えばいいと思いますよ。税金を取り返すチャンスがあるわけですから。まあ、それで今度は「我が身がどうなる」ということは、仕事から離れた「個」のレベルで考えなければならないのでしょうが。

 キャンペーンで旅行を計画されている皆さん。
 精々気をつけて。いってらっしゃい。

2020年7月15日 (水)

まだ「前進」には早いか…

 月曜日火曜日と、世界最大級の競走馬のセリ市・セレクトセールの会場で過ごし、今日は昼前に出かけて、門別競馬場での取材。今回は短い北海道の滞在時間が、慌ただしく過ぎております。

 

 セレクトセールは、今年も例年同様、グリーンチャンネルの中継放送のMC出演で呼んでいただきました。感染拡大防止対策で、取材にて訪れることが出来る人も大幅に制限されている中で、役割を頂戴して滞在出来ることには心から感謝しつつ、時間を過ごし、仕事に当たっておりました。

 セールの状況とか結果とかについては、伝えるべき方々が伝えているようなので、私からどうと申し上げるようなことはありません。「凄いね…」という、率直な印象。まさにそれだけかな。最後にまとめられた全体成績は、一人ひとりの売り手買い手の行動が全て集積されてのものですので、結局のところ現下の状況の中での「一人ひとりの状況」は人によって大きく異なる、ということに尽きるのでしょう。

 とはいえ、セールの会場自体は、ありとあらゆる部分で「新たな日常」を模索する取り組みが行われていました。セリ市という事柄の性質上、「人々が集まる」ということを避けて通ることは難しい。その中で「開催して馬を売る」というミッションをどうコンプリートしていくのかということにおいては、確かにこれまでとは変容を遂げておりました。一つひとつに何か特別なものがあるかというとそうではなくて、世の中で言われている「基本的対策」をどれだけ徹底的に出来るか、ということ。どこまで出来れば十分なのか、と問われても、世の中の誰も答えを持ち合わせていない課題に取り組んだ、という意味では、競馬の世界においてはとても大きな出来事だったと感じました。

 これがひとつの前進、とまではは言えないけれど、ひとつ大きな「節目」のようなものをクリア出来たと。そんな感じなんだと思います。

 

 今日の門別競馬場での取材は、意識して人々の姿に触れることをテーマにしました。近接して長い時間べらべらと喋って話を聞くわけにはいきませんが、それでも「現地」にしかないスポーツのありようは、誰かが伝えなければ物事の良さとしては伝わらない。そんな思いで一日、制限のある中でも場内を行き来しておりました。

 地方競馬は、特にね。ネット投票バブルの「そのあと」をいまから考えないと。JRAとは違いますから。まだそういうことが「必要」と思われているフシがあまりないのは残念ですが、それでもいまはこういう時なので、実施可能な範囲で必要と信じることを、少しずつでもしっかりやっていければと思っています。

2020年7月12日 (日)

神経質すぎて自分でも疲れる…けどね……

 午前中に東京の自室を出て、成田空港へ。今の状況なら急ぐ必要もないので、京成電車もスカイライナーを使わずに一般電車にコトコトと揺られて移動しました。

 そうはいっても、電車を降りてみると同じ電車で移動してきたひとびとは随分多くて、空港ターミナルに上がるエスカレーターはぎっしりと皆さん間を詰めずに「密」。「2メートル空ける」というのは感覚的にはあまり定着していないみたいで、どこに行っても大抵間隔を詰めて寄って来られるので、例えばエスカレーター乗るときには、ステップに足を乗せつつちょっと後ろを見やったりするのだけれど、恐らくそれは相手から見ると感じが悪いのだろうなぁなどと思ってしまい、これもまた気疲れのもと(苦笑)。

 まあ、そのぐらい空港ターミナルは、賑わってきています。一時文字通りのゴーストタウンみたいになっていた第3ターミナルの中も、各方面に出かける人々が行き交い、カウンターやお店も全開とまでは行きませんが、徐々に活気は戻ってきました。

 いいことなんでしょうが…みんな、不安はないんでしょうかね?案の定、乗った飛行機もぎっしり満員の「密」でしたし、さすがに空港や飛行機の中でマスクをしていない人は「ほとんど」いないけれども、余計なこと喋るのよくなくない?と思っても、私とは違い二人連れ三人連れで行動していると、どうしても喋らないわけにはいかないみたいで、それも正直近くにそういう人がいると気になって仕方がありません。飛行機は、座席に座った結果で、もう逃げ場なく運命が決まっちゃいますものね。

 

 神経質すぎると思います?

 でもね…せっかく頂戴している仕事、もう飛ばしたくないんですよね。それでなくても殆どの仕事が蒸発してなくなってる中、色んな人たちの好意でようやく少しずつでも貰えてる仕事、ちゃんとやりたい。かつての経済状況の中インフルエンザで「ごめんなさい」するのとは訳が違って、例えば感染して10日間経過観察になって、いま少しずつでも来ている仕事を飛ばしたら、もう本当にこの仕事は続けられなくなってしまいます。

 会社員さんは、10日間隔離されて仕事休めば、その間のことは周囲の人たちがカバーして、そして治癒すれば復帰出来ますけれども、私たちフリーランスで働いていたら、そうはいかない。その仕事で携わっていた物事自体を飛ばしてしまうケースが殆どですし、そうなればその先に向かって仕事がなくなる。それでなくてもなくなっているところに、更にそんなことになれば、もうね…。

 まあ、そんなことを全体で互いに気遣える世の中でもないのかも知れませんし、またこの問題を巡る人々のメンタリティも、どんどん良くない方に行っているみたいなので。

 誰かが言っていたように、「自衛」しかないんでしょうね。自分の経済も、健康も、害したくないから。でもだからといって、仕事させて貰えるなら移動もしないといけない。観光でまあよく言われるように「気が緩んで」しまう人々と一緒だったとしても、ですね。

 

 今日も、運を天に任せて飛行機に乗り、千歳まで移動。夕方降ったものすごい土砂降りのにわか雨には驚きましたが、明日明後日は何とか天気はもつみたいで良かったです。

2020年7月11日 (土)

過去への「憧憬」が将来への禍根につながる

 もうなんか…240何人とか聞くと、病気でもないのに胸が苦しいような気がしてきて……(苦笑)。

 もうだんだん、当局のアナウンス自体が玉虫色になってきて、言い訳めいてきて、そのこと自体から恐らく状況は相当悪い方に進んでいるんだろうなと感じ取られる状況。それで聞こえてくる話題が、制限緩和だ、GOTOだ、ですから。自分なりには頑張っているつもりですけれども、むしろそういうリーダーたちの態度が、先に向けての「望み」のようなものをしぼませていると感じるのは、私だけでしょうか。

 検査数が増えたから?検査数、別に増えてないし。
 どこぞの大臣が会見で言ってた「旅行に行ってもらいたいという熱い思い」ってのも、もはや笑うしかない。

 正直、ようやく動き始めた仕事にも影響が出ていて、例えば考えていたプロットで仕事ができなくなって、考え直しを余儀なくされたりとか、そもそも出来なくなったりとか。そういうことも含めて「仕事」なんだろうし、それでまた頭の中で色々思い巡らせて考えて、っていう作業もそれはそれで面白みはあるのだけれど、いずれまたこれも出来なくなるのか…とか考え始めると、何事につけても「希望」には乏しいかな。

 

 競馬でも、一部の競馬場にお客さまをお迎えすると報じられました。これもまた人によって感じ方は異なるのでしょうが、わたしは素直に「無理することないのにな」と思っています。開催出来て、収入も十分かどうかはともかくそれなりには上がっているので。これが、本当に感染が終息の方向に向かっているならともかく、いま明らかにまた蔓延の方向に向かっているにもかかわらず、むしろ逆にオープンにする必然性がわからない。

 確かに、私自身の仕事としては、早くお客さまをお迎えするようになって、イベントなんかも盛り上がって、っていうふうに状況が進んで行ってくれないと、仕事は戻って来ません。でもね…競馬自体が出来なくなったら、何にもならないから。まだ、競馬はやれているだけ全然マシだし、それもなくなったら、本当に望みが全くなくなってしまいます。

 

 「リア充」を求めるひとびとに、引っ張られない方がいいと思うな…。

 戻っては来ないかもしれないんだから、これまでしていた物事は。

2020年7月 9日 (木)

苦しいなかでも「考えて取り組む」ことの楽しみ

 何か新しいことを始めなければという思いは募り、始めるためには何かきっかけを自ら作らなければと思い立って、いろいろ行動はしているつもり。しかし、形になるかどうかとなるとまた別ですし、幸い形になったとしても、そのまま続いて行くための道筋を描けるかどうかというのは、また別の話。幸い、自分で考えて自分で動いて何か形にしていこうという物事は、しているプロセスは大抵の場合楽しいので、そのことは救いですね。言われて、やむを得ず、あるいはそこまで行かなくても、周囲に合わせて流れで、という感じでしている物事に比べたら、それをしているときのモチベーションは大分違うように思います。

 

 今週は、これまで数々イベントを企画実施させて頂きお世話になってきた競馬の場外発売所のご協力を得て、新たなことを一つ始めました。

 誰かが現地に行ってそこにお客さまを集める、という形のイベントは勿論無理だし、映像で何かを提供するオンラインイベントみたいなものも、とにかく凡そ「人を集めようとする」とか「人が集まる」物事は、現状全てNGという状況の中、何が出来るか。あれこれ思い巡らせてみた結果、殆ど何も出来ないという結論に達しました(泣)。そんなほぼ「負け戦」みたいな状況の中で、「とりあえずこんなことから」ということをやらせてもらってみた次第。案の定、「成果」は上がりませんでした。まあ、何につけても「更地」から始めなければならない状況ですので、いきなり結果は出ないですよ。それでも、更地の上に「掘っ立て小屋」ぐらいは建てることが出来て、建つことが確認出来たことは自分の中では収穫。こういうことを繰り返し続けていければと思っています。

 

 そうやって頑張っているご褒美なのか、昨日今日と馬券がすこぶる好調。馬券についてはいまはもう、そんなに無駄遣いも出来ない状況なので、仕事で予想をしたレースを予想した通りに買う、ということしかしていないのですが、それでいいことがあったわけだから、これは素直に喜びます。

 

 誰が見ても感染の拡大は明らかなのに、「医療体制は整っている」とか「若い人の感染が多い」という意味不明な理由で、当局は見て見ぬふりを決め込んでいます。これはね…本当に覚悟しないと、まず自分が感染するリスクが拡大していると言うことだし、経済的にもいま苦しんでいるひとびとは、どんどん立ちゆかない方向に行くよね…。

 もういい加減に、リア充のひとびとのための運営は、やめてもらいたいです。リア充のひとびとも、少しずつ経済的にむしばまれていくよ、間違いなく。

2020年7月 6日 (月)

「リア充」への渇望 迎合する「窮乏」

 昨日、成田空港からバスを降りた東京駅から自室に向かう途中、有楽町の家電量販店に立ち寄って、小さい炊飯器を買って帰りました。世の中の状況を見ていると、どうも「ステイアットホーム」の生活に逆戻りを余儀なくされそうですから。

 お店の中は、それなりにひとびとで賑わっていました。かつての週末ならもっと混雑していたのでしょうけれども、それでも生活家電売り場は様々な家電を物色するひとびとが、目当てのものを目の前にしながらそれぞれに思案し、そして買い求めておりました。それなりに繁盛している様を見ると、この状況でも買い物する余裕はみんな持ち合わせているのだなと、少々うらやましい気持ちになります。

 

 今日、NHKで都知事選の結果報道番組を見ていたら、都民1万人アンケートの結果を報じていました。今時の状況で、世帯の収入が減ったと答えた人は、「大きく減った」「ある程度減った」を合わせて41%、「変わらない」と答えた人は57%。私自身が「減った」側の人間だからそう思うのかも知れませんが、「変わらない」という人は随分多いのだなという印象を受けました。

 いくら「コロナで大変」と世の中で言われていても、こういう数字を目の当たりにすると、感染拡大防止に向けての認識を束ねるのは並大抵のことではなさそうだということがわかります。様々な制限措置が解除されて「リア充」を取り戻したいと考える人の方が多く、そうしたひとびとの感染予防対策がおろそかになるのは当然だし、収入が減って困っている人たちも、「リア充」のひとびとの活動に迎合していかないと、収入を回復出来ないと考えるのでしょう。

 

 わかりやすいのが飲食店で、お客さんが来るとわかればやはり席数をかつてのレベルに増やしてしまうし、お客さんを入れてしまう。店員さんがマスクをしないのも、お客さんたちと話をしてしまうのも、「リア充」を求めるお客さんへの「迎合」で、何とか客足をつなぎ止めたいという、苦しみの中から生まれた気持ちの表れなのではないでしょうか。

 ショックなのは、自分が「きちんと気をつけているから大丈夫」と信じていた店が、ここに来ていくつか、お客さんをたくさん入れ始めたこと。勿論、今時の状況でそうした店がすいていることを喜ぶわけにはいきませんが、普通に椅子やテーブルを並べて、例えばカウンターの人と人の間の席を案内されたら、さすがにそこに座る気にはなれないし、そのお店にも行きづらくなります。まず怖いし、顔なじみだから気まずい思いをすることになりますから。

 

 リーダーたちは、店が感染予防対策を取っていることを客側が確認しろと、繰り返し言っています。巷の様子を見れば、そんなことが効果を発揮しないことはすぐわかる。結局のところ、収入が減らず「リア充」の回復を求めるひとびとに、いくら自発的な取り組みを求めても、そこには相当低いところで「限度」があるし、周囲がそうなら、お店は予防対策は取りづらい。北海道では「北海道スタイル」を守っていることを示す掲示が定められていて、東京都でも虹のマークのステッカーがあるそうですが…そんなもの、余程探さないと見つからないほどしか、普及してない。そりゃそうですよね。なぜなら、そのマークを掲出すると言うことは、まず席数を減らして、街を行き交うお客さんに「ごめんなさい、あんまり来ないで下さい」とアピールしなければならないから。

 考えれば、気持ちはわかりますよね、誰でも。リーダーの方々も、それを支える事務方も、わかってるとは思うんです。このぐらいの簡単なことは。それでも例えば、当局の方から感染拡大防止のルールを守っているかどうかの「検査」をしたり、それを営業許可のための項目に入れたり、ということは、きっと出来ないんでしょうね。いまここまでやらないということは。例えば、日本の法律だとそれで収入が減った場合に、行政訴訟を起こされたら負ける、みたいなことがあるんだろうか。

 

 都知事選が波乱なく終わり、週明けから何か動きがあるんでしょうか…。正直、自分の身のまわりでも少しずつ事柄が動いたり、動かしたりが始まっているところで、厄介なことにならなければいいなと思っているのですが…。

 自分に出来ることは、とにかくまず自分が感染しないこと。せっかく入った仕事を自分でぶち壊すわけにはいきませんから。昨日買ってきた炊飯器で精々ご飯を炊いて、ポツポツと頂きながら仕事の上でもやれることを探っていきます。

 その新しい炊飯器、釜部分が小さすぎてお米をとぐのに少々苦労するのを除けば、使い勝手も上々。早速今日から昼夜と活躍してくれました。これを機に、四半世紀ぶりぐらいにまた料理を頑張ってみましょうか(笑)。

2020年7月 4日 (土)

新たな日常の中で、新たな習慣を知る

 昼前に札幌の自室を出て、新千歳空港へ。LCCを使って成田を経由し、半日仕事で「ゆっくりと」東京に戻りました。

 新千歳空港は、まだまだ人は少ないとは言え、旅行客の姿が目につくようになってきました。ターミナルで、ゴルフバッグをカートに積んだ男性客のグループを見かけますし、家族連れも増えてきました。これから7月も後半に入ると、各方面の便数が増えてくるようなので、お客さんの数も増えてくるんでしょうね。私も、旅行にでも出かけてのんびりしたいところですが…残念ながら、そんな余裕はないから(汗)。

 

 LCC専用の保安検査場は、長蛇の列。これが、皆さん結構詰めて並ぶんですね。習性みたいなものでしょうか。入り口前で床にマーキングしてある場所では、そのマーキングに沿って間を開けて並ぶのですが、列が伸びてマーキングがあるキューエリアをはみ出して来ると、なぜか皆さんキュッと間が詰まってる。私なんかは、それこそ言われている2mよりも近づかれると、感覚的に警戒感に襲われるのですが…みんな、何とも感じないんかな?
 搭乗口で、思ったよりも客数が多いなと思っていたら、案の定、機内はもう3人席の間をあけるソーシャルディスタンシングは行っていませんでした。座席はみっちりと埋めて、殆ど満席。私が使った会社だけかも知れませんが…もう飛行機もこれからは「密」を覚悟しなければならないのでしょうか。どこの会社も同じなのかな?差し向かいでべらべら喋ってしまう飲食店よりは、同じ方向に向かって座る飛行機の機内はまだ安全なのかも知れませんけれどもね。気は使いますよ、正直。多くのひとびとは口を開くことすらなく、じっと静かに過ごしていましたが、私の席のすぐ後ろが二人連れだったらしく、出発まではずっと喋り通し。正直、かなり気になりました。大丈夫なのかも知れませんが、大丈夫なことがわからないのが、今の状況ですから。

 

 もうここまで来たら「毒を食らわば皿まで」とばかりに、成田空港からはわずか1000円で東京駅まで行ける、ローコストバスなるものを利用。恥ずかしながらこんな廉価な移動手段があるとは、知りませんでした。この状況になる前は、恐らく多くの利用客で混雑していたんでしょうね。

 実際、このバスも2×2の座席がほぼみっしりと満席で「密」。さすがに、喋る人は誰もいなくて、静かに東京駅まで着いたのが救いでした。高速道路は「密」とは縁遠い状況で(笑)。空港から所要僅か1時間。「密」なことを除けば、実に便利な乗り物でした。

 なんで、いままで使わなかったんだろう…。

2020年7月 3日 (金)

私もそろそろ、「新たな日常」へ

 北海道の公営競技の場外発売所・サテライト石狩にお邪魔してきました。ご挨拶や打合せなどで半日過ごし、その間に丁度行われていた競輪の小松島記念に、車券を買って参加したりしておりました。

 競輪は、今月から「新たな日常」に合わせた開催様式で、トップレーサーが集まる記念レースであってもレース毎に出場する選手は9名から7名に削減。レースも12個から9個に削減されて行われています。どんな感じかと、予想紙(競輪新聞)も買い求め、それを眺めながらあれこれ検討。なんだか…予想が広がらないね、あんまり(苦笑)。こうなったらこう、あるいはこうなったらどう?みたいな思い巡らせ方が全然出来ずに、行き着く先は「まあ、こうなるよね…」みたいな。実際、2人少なくなるだけで、選手にとっても展開のバリエーションは相当少なくなっているんでしょうし、強い選手が集まった大会だと失敗が少なく、小さな資金で大きなバックを求めるような予想(つまりいわゆる穴予想)自体が無理。話を聞くと、前日はやはり、いわゆる堅い決着で低配当になるレースが多かったとのこと。どうなんでしょう…これで、車券売れるんでしょうか。先週あたりから、公営競技業界は空前の「バブル」がやってきていますが、競輪界もそれにあやかれるのかどうか。一時殆どのレース場の開催を休止して心配されただけに、いい方向に向かってもらいたいものです。

 

 打合せというか、色々な筋にお願いをして、ひとつあることをやらせていただくことになりました。すぐにこれが「仕事」になるわけではないのだけれど、自分の中では試してみる価値があるかなと思い、それを試させていただけることになりました。いは、そのように機会が頂けるだけでも上等。機会が生かせるかどうか、ということよりも、そういうことを数多くやる中から、「新たな日常」の中で生き残る方法を模索していければと思っています。

 まあ、時間はあるので(笑)。生かさないと、ですね。

 

 今回は、札幌の自室への滞在期間が短く、食材もあまり買い求めておかなかったので、今日は冷蔵庫の中身が空っぽ。食事は外食でパッと済ませようと思い、出かけてみました。昨今は、ちょっと前まで「新たな日常」のルールを気をつけて守っていたお店も、お客さんが増えるにつれてルールが守れなくなってきているみたいで、本当に店を選ばないとダメ。今日は、知り合いのお店で安心して食事をさせていただきましたが…これが「繁盛すると密」なんだものね。ほんと、難しいです。

2020年7月 2日 (木)

様々な「焦り」が混沌を招いて…

 北海道に渡って、一昨日は取材でお出かけ、昨日はデスクワークと電話打合せと、ほんの僅かの挨拶回り&情報収集で札駅方面へ外出と、何となく「何かやっている」感じだけは味わえるように頑張っております。「焦り」と言えばそうなのですが、状況的には(いやな話ではありますが)世の中の前向きなニュースばかりがあまり良くない意味で気になってしまって、何かしないと、という気持ちに駆られてしまう面があるような気がします。

 正直、世の中の動きが気になる理由は自分ではわかっています。それは、世の中の「何とかうまくいっている部分」だけがどんどんと、うまくいかないひとびとや物事を振り落としたり取り残したりしながら進んでいくような気配を、濃厚に感じるから。動けている人ひとりひとりは「そんなことない」って言うのでしょうけれども、政府をはじめとしたリーダーたちの言動を見ていると、もう「出来る人だけでやろう」という雰囲気しか伝わって来ないから。

 私はまだ、仕事の「多くの部分」が吹き飛んだ「だけ」ですが、仕事が「完全に」吹き飛んだ人とか、何とか形だけは残って営業はしているけれど、新たな日常の中では「繁盛すれば密」の矛盾に絡め取られて先が見えない、といったひとびとなんかは、もっと強くそのような「焦り」を感じるのではないでしょうか。

 自分のしていたことが吹き飛んでいて、元に戻る見込みなど一切ないのに、世の中は回っていこうとしている。自分のしていたことは、意味のないことだったのではないか。

 

 私はですね…そこは、反省するいい機会なのではないかと思っています。「要らないこと」でお金をもらって生きてきたかもしれない、今までを反省。

 そこまで思わないと、今までやっていたこととか考え方から脱却して、「新たな日常」で必要とされる物事を思いついたり取り組んだりは出来ないですよね。

 

 今日は、雨が結構降っていたので、予定していた門別競馬場への取材は見合わせて、自室でそんな「必要とされる物事」を探る作業をポソポソとしておりました。ひとつでもいいから格好がついて、人のお役に立てるようになれば、気持ちの面も違ってくるんですが…。まあそこは、下手な鉄砲なので数撃っていかないといけませんね。

 

 …と、ここまで書いたところで、夕方5時過ぎ。都知事の会見が始まりました。

 結局のところ、いま国も含めてリーダーたちが社会に提示している「処方箋」では、そこで目指すという衛生面と経済面の両立に関して無理があるということなんだと、私は思っています。「両立」がマクロではもっともらしく聞こえていても、個別に見ると「やれと言われていることが、経済的に実現不可能」。なので、追い詰められた人たちは「焦る」。焦るから、対立が生まれ、経済は思うように回らず、感染症は縮小しない。とうとう感染症の学者や医者が経済を語り始めるに至っては、もう混乱の極みと言うほかはありません。

 

 どうなるのか。まだまだわかんないね…。

 その中で、まずは病気にならないこと。そして可能性を探ること。私は、この順番だな。「ただの風邪」と割り切るには、いざというときのダメージが大きすぎますから。この辺は、ゲーム理論。

 みなさんは、どう考えて、どんな風に行動しますか?

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