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2020年8月 9日 (日)

伝える機会 伝わる手段

 昨日放送の、グリーンチャンネル「アタック!地方競馬」出演。
 ご覧下さった方々、出演の機会を下さった皆さま方、本当にありがとうございました。

 現状、あんまり生きていくための経済に直接は結びついていない競馬場での取材も、「いつかどこかで伝える機会があるはず」と思いながら続けております。ですので、こうして見聞きしてきたことをお客さま方に向かって話し伝える機会があるのは、本当にありがたいこと。いま、そうした機会すら殆ど作れなくなってきている中、どこまで続くかも怪しい状況になってきてはいますが…競馬や公営競技の仕事はせっかく力を尽くして時間も使って積み重ねてきたことなので、もう少し何とかなればと心から思っています。

 自分自身の体と、それを続けていこうという心の力と、そういうことを続けていきながら生きていくための経済面の状況と、あとは世の中の状況…色んな状況が許す限り、頑張って続けていくつもりです。また色んな方面のお力添えを、よろしくお願いします。とにかく今は、機会が頂けることが一番の励みになります。

 

 日曜日の朝は、出来るだけ散歩をする日と決めていて、今日も実践。というか、朝早くてお店がすいているうちに、近所のコメダ珈琲店で新聞読みながら朝食食べたい、というモチベーションが強いかな(笑)。今日はラッキーなことに、いつも読んでいる新聞2紙が棚に置かれたいたので、ありがたく席で読ませて頂きました。

 以前は、新聞は宅配で一般紙1紙とスポーツ紙2紙の計3紙も取っていて、自室でじっくり読んだり、持って出かけて移動の合間に読んだりしておりました。しかしそれも、経費節減でいまは「縁があったときだけ」新聞を読み、あとはテレビとかネット上に流れてくるニュースで済ませています。ですので、こうして久しぶりに新聞を読んでみると、自分の知らなかったこととか気づいていなかったことがいっぱい。情報には何らかの形で触れているので、事実関係で知らないことがあるわけではないのですが、新聞を見るとまた違う感覚で頭の中でいくつかのことを思い巡らせることが出来ているような気がします。

 多分、スマホのニュースサイトなんかは、それを元に物事考えるには何かが適していないんでしょうね。同じように文字が並んでいても、その中身の受け取り方というか、吸収のされ方というか、そういうものが全然違います。具体的に何がどう影響しているのかはわからないけれど、多分それこそがギリギリの所で紙の新聞が全くなくなることはない理由なのではないかと思っています。

 同じ新聞をいわゆる「電子版」で読んだときにどうなのか。やっぱり、ニュースサイトと同じことが起きるのかな?

 実は、東京の在所の4軒隣に、新聞の配達所があるんですよね。いつも東京にいるわけではないので宅配を頼むのは無理ですが、そこで帰ると思えばもう少し新聞に触れる機会を作るべきかなとも思っています。

 

 あとは、日刊スポーツの占いね。これは見ないと(笑)。
 今は毎日は見られないけれど、見たときにはその日一日の行動の糧にしています。

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